真夜中の、一つのいいね
誕生日の夜、もうすぐ日付が変わろうとしていた。
SNSに投稿した誕生日の報告には、たくさんの方がいいねやコメントをくださっていた。
夕方を過ぎたころには反応も落ち着いて、そろそろ一日が終わるなと思っていた。
そんな真夜中に、通知がひとつ届いた。
誰だろう、と気になってそのページを見に行った。
そこには、抗がん剤治療の記録が書いてあった。
副作用の辛さ。思うように動けない日々。
そして、息子さんが翌日、全身麻酔で目の手術を受けるために緊急入院したこと。
私は、しばらく画面を見つめたまま動けなかった。
自分がその立場だったら、どうだろう。
体は副作用に苦しみ、大切な家族が手術を控えている夜に、他の誰かの誕生日を祝う気持ちを持てるだろうか。
正直に言えば、私には自信がない。
翌日、その方のことが気になって、応援の気持ちを込めた投稿をした。
少しでも多くの方に届いてほしいと思ったが、反応はほとんどなかった。
それでも夕方になって、その方から直接コメントが届いた。
手術は無事に終わったこと。
改めて、おめでとうということ。
そして、「応援の力足らずをお詫びしないでください」という言葉。
読んで、胸が詰まった。
一番苦しい場所にいる人が、こちらを気遣ってくれている。
自分の力が足りなかったことを、申し訳なく思っている。
「応援の力足らず」という言葉を、私はしばらく忘れられないと思う。
教育の仕事をしていると、「人を育てる」という言葉をよく使う。
でも、人を育てるのは言葉や技術だけではないと、改めて思った。
その方が夜中に押してくれた一つのいいねは、何かを教えてくれた気がする。
どんな状況にあっても、誰かのことを思える人がいる。
自分が苦しい時ほど、その人の本質が見える。
子どもたちに何かを伝えたいと思うなら、まず自分がそういう人間でありたい。
誕生日の夜に、そんなことを思った。
