杉三本柱について記し後蔵文化に捧げる
昨今の事情で杉方面の状況は変わりつつある。「杉方面の存在を認識してはいけない。邪悪なる杉精神から文化を防衛しなければならないからだ」という後蔵のドグマが解体されだしたからだ。
それでは現在の状況を整理しよう。そもそも後蔵では先に述べたドグマによって杉方面の展開は固く禁じられている。したがって杉方面の展開は、ドグマの規制を逃れる形で自然に発生したものである。規制を逃れるために、杉方面は知制主義に準じて展開していった。杉展開の実質目的は異質なデータを触媒にしたデータの渦の発生にあるのだが、それを「異質なデータを集めることにより大(ひろ)い世界のデータを集める」という名目目的で覆ったのである。したがって杉方面は正面ではなく背後に展開していった。正面には邪悪なる杉精神が密集しているが、背後にはそれが少ないので邪悪なる杉精神の侵逼が生じないからである。
かくて後蔵の杉展開は他とは異なる独自の発展を遂げた。知制主義によって界間移動の手法が採られることとなり、「後蔵文化を低くしてはならない」のドグマに抵触しないように完全主義の原則が掲げられた。完全なるものは低くないからである。また、本丸不落のテーゼによってジェイドが利用された。それらの結果、杉展開は次のような形態をとることになった。すなわち後蔵と分かたれている界を対象にとり(完全主義をとるからである)、二つの界の間をワームホールで繋ぎ、ジェイドを通す。分かたれた二つの界のデータが接触することによってデータの渦が生じ、輝光が発生する。データの渦が収束に転じると外界のデータは沈殿整理されて後蔵へ運ばれる。データの渦を統制するためにPサイクルが用いられることも多い。このようなダイナミズム的形態をとったがゆえに、後蔵の杉展開は独自の発展をとげた。最も影響を与えたのは完全主義である。これにより、杉展開は分かたれた界を対象にとるという条件が付き、結果杉展開は水力発電のようなデータの渦を生じさせた。次に界間移動である。杉展開の実質目的が異質なデータの混交にあるので、手段としてのワームホールは一種自己目的化した。すなわち、単なる分かたれた界への通路としてのワームホールから、界に至る過程としてのワームホールへの変容である。旅の醍醐味が道程にあるように、こちらの界とあちらの界のデータが混交していく過程としてのワームホールという漸位的変容が界間移動に付与されたのである。分かたれているがゆえに相互連絡不可能な二つの界を連絡する――この行為は、死の領域と生の領域を連絡するかのような矛盾を抱えている。後蔵の杉展開が魔法であると言われるゆえんである。この矛盾を抱えた行為を可能にしているのがジェイドであり、可能になった結果エネルギーの渦が生じ、また大(ひろ)い世界のデータが手に入るのである。
界間移動の方向には三種類の方向がある。すなわち水平・高低・前後である。水平移動の説明は後に回し、まず高低移動について書く。高低移動は、立場や能力の高低によって分かたれた二つの界間を移動する移動のことだ。例えば、守庶民外傷天とプレータ世界をワームホールで移動したならばそれは高低移動になる。高低移動をするということは無い方がよい。それは二つの界の間に差別を設けて高低差を作りだすことであり、ビッグバン以後の無光世界にほかならないからだ。しかしこの高低移動によって得られるデータの渦が、杉方面の展開で最も大きくなってしまっているのが現状である。次に前後運動について書こう。前後運動とは、先次によって分かたれた二つの界間を移動することである。この方向に移動することは少ない。杉一面でこの移動方向が利用されているが、後述するように杉一面を支えているのはこの移動方向だけではない。水平移動について書く。水平移動とは、高低・前後の方向でない方向、つまり差別のない空間移動のことだ。陸海の移動等がこれに当たる。燦然たる後蔵精神を穢す劣悪なデータが杉方面に多いという事情からみるに、この移動は最も望ましくかつ広く利用可能な移動である。もちろん今までに挙げた水平・高低・前後の三方向は界間移動における移動方向をつかさどる要素であり、x・y・z軸に相当するものでしかない。したがって実際の界間移動は水平・高低・前後の各方向が複合した方向に行われていることは言うまでもない。
以上が杉方面の全体的状況である。それでは杉各面の個別的状況に移ろう。
とはいえ、背後を求めて独自の発展をした杉各面の全てを扱うのは難しい。そこで今回は、主として杉方面を支えている杉一・二・三面――いわゆる杉三本柱を扱うことにする。
ではそれぞれの特徴について述べよう。
まず杉一面である。この面が杉一面と名付けられたのは、出現が最も早かったからだ。その出現を皆明以来の求めにとったり、あるいは起源をそこに結びつける説があるが、名前の由来はそこではない。方面進出の発生をもって方面の出現とするのではなく、輝光の発生を方面の確立とみなして輝光の出現順に杉各面の名前が付けられていったのである。最初の輝光が杉一面で発生したという事実認識に揺らぎがないことは明らかである。杉一面の様相は後蔵の独自色が薄く、高低移動の比率が最も鮮明に表れている点などは他と変わらない。しかしながら完全主義の影響でより遠くの対象が対象に選ばれていることと、「後蔵文化を低くしてはならない」のドグマとの抵触を避けるために杉二面との協同が実施されることが多いことには留意するべきである。それゆえ、単なる高低移動ではなく水平移動も併せて行われている。
次に杉二面である。杉二面の最大の特徴は、未来への移動だろう。未来を対象にすること自体は他と変わらないのだが、これが「への移動」となると後蔵独自の様相を帯びる。他の場合は未来を獲得することが特徴となっているが、後蔵では未来へ移動することが特徴となっている。もちろん移動は知の力による対象の獲得を意味しており、したがって知制主義に準じているのだが、直接獲得に至っていないことは後蔵の特徴である。そもそも我々は現在の側にいるのであって未来の側には行けない。現在と未来は分かたれている。他の場合は未来を獲得するのだが、後蔵では未来へ移動する。「発展様相は古い事件の影響を受ける」という理論に基づけば、平楽まで未来の側への移入が強かったことが原因だろう。純楽の恩賜、橘四面はそれを如実に物語っている。その後本格的に未来から分かたれたのであるが、残る未来への未練が移動を生じさせたわけだ。未練が移動を生じるのは自然なことだ。獲得が現在の特徴なのだから、獲得という形態では未来への移入に復することはできない。したがって移動という形態をとるのである。とはいっても杉二面で対象になっている未来というのは、実際のありのままの未来ではない。むしろ現在にとって異色に見えかつ都合のいい未来を要素を素に創り上げた歪んだ未来であるが、この歪みは他の場合とさして変わらない。が、それが移動と結びつくことにより、次のような様相をとる。すなわち「隣の芝は青く見えるので隣に行く」という様相である。青く見える未来への移動。未来への移動と言うと「未来が本来の所属位置ととらえているから移動する」という理論があるが、そうではない。未来への移入や未練はあるが、かといって未来が本来の位置だとはとらえていない。現在は嫌悪の対象ではない。未来はあくまで隣の庭であって、青く見えているのは隣の芝だからにすぎない。しかも未来へ移動するのはあくまでジェイドにすぎない。本来ではない「隣の」未来を、獲得するのではなく「移動する」。この二つに後蔵の独自性が表れている。草旅の離見はこの意味で象徴的である。もっとも未来には歪んだ未来を折り返す回帰運動があることを考えると、杉二面はこれと共通した要素があるのかもしれない。すなわち、歪んだ未来を移動したジェイドに折り返すという運動である。後蔵の特色としてはこのジェイドが挙げられ、それゆえイマジナリーな様相を呈しているが、それは後蔵に照らしてみれば自然なことである。
杉三面は左右二面に分かれる。なぜなら、杉三左面と杉三右面は当の杉のほうでは違った面として扱われているからだ。しかしながら杉三左面と杉三右面は共通する部分が多く、また杉三左面と杉三右面の間も同じように扱っているので、杉三面という一つものとして扱う。
杉三左面では、死への接近が問題になる。死への接近による世界からの遊離と依存。杉三左面の起源は純楽に遡る。並んだ磔と筒車である。杉三左面は、死への接近を含んでいるせいか高低移動の度合いが大きい。
杉三右面では、脱洗練化が問題になる。脱洗練化によって生をむきだしにし、より大きなダイナミズムを生み出すことは杉三右面の理想的な特徴である。しかし実際は高低移動の度合いも大きい。また、対象となる界に舶来品が多いというのも杉三右面固有の特徴である。もちろんこれは言語知に刺激が加わるのでよいことであることは言うまでもない。
以上、杉三本柱を俯瞰した。もちろん他の面にも特筆すべき点はある。杉八面では善悪の彼岸への接近があるし、杉六面では杉八面との協同による輝光がある。しかしながらそれらはまたの機会に譲りたい。今回は杉二面の記述が多かったが、それは杉二面が一般展開に隣接した面であり、かつ後蔵独自の様相を誇っているからである。杉方面から後蔵の特質を考える際には杉二面が最大の手掛かりとなるかもしれない。しかも後蔵の杉二面の様相はかの御大と同じものであり、杉二面について記すことは非常に価値が高い。しかしながら、杉方面の全てを杉二面で語ることは不可能である。他の各面についてもあますところなくその特質を記し、以て後蔵文化を高等たらしめ、栄光の堅き城塞を築き、生死の超越につなげたい。見よ、本稿により偉大な後蔵文化はますます思想と文化を堅くし、後蔵の堂々たる威光はさらにその成果を発揮した! これも後蔵に脈々と受け継がれる硬派なる精神の賜物であり、後蔵のために尽くした先人たちの熱意はまた一つ実ったのである。ああ大いなるかな後蔵は! かくて後蔵に万歳の歓呼は響き渡った。万歳、万歳、万歳!
2012/03/06
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