資本帝国主義に背を向けている日 ~どきっ☆ 2月は恋の予感! わくわくバレンタイン~
二月は春です。
窓辺の陽光が温かくなって目覚まし時計が鳴り、彼は朝食もそこそこに学校へ行った。
授業は可もなく不可もなく。寝ていたのでよくわからなかったが、強いて言えばグレシャムの法則が印象に残った。
放課後は部室へ。部員がパソコンで対戦ゲームをやっているのを眺めつつ、時々本を読んでいた。今読んでるのは学園生活を描いた短篇だ。都会で学んだ新任教師が山奥の学校に赴任して、田舎教師共の嫌がらせに耐えながら頑張っていく話だ。あ、あの不登校児が改悛して登校してきたぞ。新任教師の頑張りが実ったんだ。
――そうか、学校で立ち遅れてもやり直せるんだ。よかった――
そう思ってふと顔を上げると、パソコンの画面には対戦ゲームの様子が映し出されていた。二人のキャラクターが薄暗いステージで火花や魔法をぶつけ合っている。特に爆発攻撃は暗いステージによく映えて、花火のようだった。赤紫色で縁どられている光球が、爆ぜて八方に広がる。相手はそれを後ろによけつつ長細いつららを落とし、破片が床に散らばる。黒に赤、水色。緑の紐に黄色い光線。爆発音に掛け声、風の音。落ちてくる冷蔵庫を、打ち上げられた赤色の光球が相殺した。
――ああ、花火。そういえば前見たあの動画では出征兵士を花火で送っていたなあ。桜と散るか花火と散るか。どちらがいいんだろうね。まあでも、なあ。夏に見る花火大会は迫力があって後味が綺麗だし、どっちも嫌か――
対戦ゲームに見惚れて、しばらくぼうっとしていた。
おっと、いかん。本に目を戻した。不登校児の改悛によって新任教師への誤解が解け、敵対していた物理教師も自分の過ちに気がついてはにかんでいる。新任教師がねぎらいの言葉をかけると、物理教師は感慨深く「われわれの社会では、正しいものは正しいでどこまでも通ります。正しいものが歪められる時代はもう去りました。正当なものが正当に評価される。これだけでも生きていることが幸せになります」と言って、話が終わった。
――正しいものが評価される。信念を貫けば報われる。いい時代になったなあ――
って、あれ? 部員がいない。日はとっぷりと暮れていた。素晴らしい小説を読んだせいで時間が過ぎてしまったようだ。あ、もうこんな時間。先に帰ったのね。じゃコーヒーでも飲みますか。ではこのプラスチックのコップにコーヒーの粉を入れて、ポットの湯を注いでと。コーヒーから湯気が上がる。ああ、これがいいんだなあ。寒い部室に熱いコーヒー。静かな部室で湯気が上る。この湯気の温かさが静かさに映えて。ああ、冬はいい。このひとときは、いつもの幸せだ。
彼は学校を後にし、音楽プレーヤーで曲を聞きながら家に帰った。流れていた曲はどこかノスタルジックなテンポのいい曲で、列車の汽笛と走行音が使われている曲だった。
――うーん。結局あの理論ってどんな理論なんだろう――
部室で読んだ小説で新任教師が造っていた農園は、都会で学んだ理論に基づいていた。生物学を専攻した新任教師がヨーロッパから仕入れた最先端の理論。一体どんな理論なんだろう。どう新しいんだろうか。でも理論に基づいて農園を造るのって、化学の実験みたいで楽しそうだなあ。そんなことを考えながら、家へと自転車を漕いでいた。音楽プレーヤーから曲が流れる。ガタンゴトンという列車の走行音に汽笛が重なる。暗い夜道をライトが照らしながら、走行音が流れていく。夜の自転車と列車が重なり合う幻想的な風景を感じながら、胸を躍らせて家路を走った。
家に着くと夕飯を食べて風呂に入り、ボーっとしながら授業の復習や宿題を三時間ほどやった。おもむろにパソコンを点け、ネットサーフィンを始めた。下校中、あの小説にでてきた最先端の理論が気になっていたのを思い出し、検索にかけた。出てきたページを読んで彼は思った。
――そうか、ミチューリン学説か。その後ソ連をはじめとする共産圏でもてはやされたのか。「環境による生物の変化は遺伝する」って、そうなったら親から子へ確実に能力が受け継がれるからいいのかもしれないけど、でもそれって今度は子供同士で能力格差が出るよなあ。あーでも、共産主義では職業で給料の差は無いからそれでいいのかも。というか、いざとなったら優秀な人に子供をたくさん作るように命令して、そうでない人がその子供を育てるように計画を立てれば済むか――
そんなことを思いつつ、ページを閉じて別のサイトを見ていった。
――「私の初恋は音楽です」……金正日はいいことを言うなあ。僕も音楽は大好きだ。「革命のために」は最高だよ。あれほどテンションの上がる曲はないよ。功勲国家合唱団の魅力がいかんなく発揮された名曲だ。まあ一番は最高司令官金正日将軍、一番、一番、ああ~一番……じゃなくって「金日成将軍の歌」なんだけどね。ふむ平壌にボーリング場。へえボーリングはストレス解消や高血圧に効果がある。おっ金日成花の新しい栽培方法。……要は花に薬を注射するのか。開花率を1,5倍以上に高め、一般人にも簡単にできると。薬は一般人の手に渡るんだ。そういえば金正日花は日本産だったなあ。一般人から北朝鮮へ渡されたという話だったっけ。でも金日成花はスカルノから渡されたんだよなあ。北朝鮮は日本に民間交流でも期待してるのかな。はあ開城工業団地でチョコパイが人気。まあチョコパイだったらそう長くは保たないから、偉い人が懐にため込むこともないか。なんか時間とともに価値が下がっていく通貨ってあったよな。えーっとこういうのなんていうんだっけ。ああ自由貨幣。うーん、このモデルが上手くいくといいんだけどねえ。ん、ナマズ湯屋? 要はナマズ料理店か。うまいのかな。イギリスではゼリー寄せがあったな。ってそれはウナギか――
そんなどうでもいいことを思っていると、スピーカーから聞いたことのあるフレーズが流れているのに気付いた。下校時に流していた曲だ。
――人民行き列車の 輝くその灯し火 愛を抱いて 走る灯し火――
下校時のあの感動が蘇る。彼は曲を聞きながら、列車に乗って現地指導を繰り返した金正日に思いを馳せた。
――人民の生活を見たいから列車に乗るという話だったなあ。確かに列車に揺られて田舎の風景を見るのは風情があるけど、でも僕は列車に乗ったら寝ちゃうだろうなあ。だって電車に乗ったらいつも寝てるんだもん。景色なんか見ても役に立たないし、地下鉄だったら景色すら見えないし。だから電車に乗っても結局点から点へワープした気分にしかならないんだよね。だって電車に乗ってる時間も無駄にしてはいけないからね。本を読むとか、寝るとかして有意義に使わないといけない。時間は全ての人に与えられた資産で、それを有効活用しないのは罪なんだから――
いかん。ネガティブ思考になってしまった。しかし旺載山もいい曲をつくるなあ。でもこういう切ない曲って、むしろ普天堡電子音楽団の「若い機関士」とか「鐘の音」とかのイメージが強いんだけど。「鐘の音」で「金日成将軍の歌」が鳴るあの場面はまったく素晴らしいよ。ふとパソコンに目を戻すと、時間は0時34分。
――あ、日付変わってる。何日になったんだろ――
2月15日になっていた。
――明日は金正日の誕生日か。何しよっかな――
楽しかった。
2012/02/14
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