検証! 高野豆腐はおしっこに適切か
ネットサーフィンをしていると、軽薄そうな人が無責任な発言をしていた。それはこんな発言だった。
高野豆腐とか幼女のおしっこを吸う道具にしか見えない
そのような発言をするからには、当然高野豆腐が幼女のおしっこを吸うのに適しているかどうか何らかの方法で検証したのだな? と言いたかったが、どうせ彼はただの冗談で言ったと言い張るだけで、つまりそんな検証などしていないだろう。だが高野豆腐をおしっこに浸けるという反道徳的挑戦を公言しておきながら、実際には何もしないというのは無責任だ。反原発を煽っておきながら取材はしてもデモに参加しない朝日新聞のような奴だ。だからお前は軽薄なのだ。だが、おしっこ高野豆腐はおそらくおしっこの味からはそう外れずひどくはない味だろうし実際に食べれば日々の言葉の凄味が少し増し、何らかの際の助けとなってくれるに違いない。おしっこ高野豆腐というアイデア自体は悪くない。そういえばちょうど手元に、親に買わせた高野豆腐(水戻し不要だった)があった。かくて検証が始まった。
もちろん幼女のおしっこを使ったほうがよいのだが、倫理的理由によりそれは叶わなかった。だが幼女がかわいいという発言はどこにでも溢れているので、あの発言の個性を考えた場合、その個性は高野豆腐とおしっこの組み合わせにあると考えられるので、検証は普通のおしっこと高野豆腐で行われた。
検証方法は簡潔である。おしっこの煮汁で高野豆腐を調理して食べるのだ。鍋におしっこを出して煮込むとそこそこ泡立った。いかにもおしっこである。そこに高野豆腐を一つ入れて15分ほど煮込む。するとおしっこが蒸発または吸収されて鍋から消えていった。頃合いなので皿に移し、食べた。
塩辛っ。
よく考えれば、おしっこはもともと塩辛いのだから煮込むと強烈に塩辛くなるのは当たり前であった。その辛さは海水に匹敵するのだが、口の中が焼けつきはせず口当たりはマイルドだった。しかし塩辛さは強く、心や脳が嫌になる塩辛さであった。そのような中でたまに公衆便所の臭いが広がる。それとはべつのコクがあってそれがおしっこをストレートで飲んだ時よりも濃くなっており、これこそおしっこ高野豆腐の醍醐味だとは思うのだが、いかんせん塩辛い。高野豆腐自体が発する少しの甘みが大きな癒しではあるが、もはやおしっこ高野豆腐だけで完食するのは辛い。私はそばにあったお茶を飲み、一口食べてはお茶を飲み、30分かけておしっこ高野豆腐を完食した。ご飯が手元に無かったので、ご飯に合うかどうかは検証できなかった。
……そもそも幼女のおしっこの魅力は何であるか。乳児のおしっこが無味でキレイだと言われていることを考えると、幼女のおしっこの魅力はその無垢で純粋な生活の澱である。ということからすると幼女のおしっこは無味であればあるほどそれらしくなるが、煮込んでしまうとやたらに塩辛い味になりその魅力が削がれてしまうのではないだろうか。塩辛くなったなら、一個を一度に食べるのではなく漬物のように考えて一口ずつちびちび食べればよいという考えがあるが、そうするとおしっこ高野豆腐がいつまでも冷蔵庫に居座ることになる。私はおしっこ高野豆腐を冷蔵庫で保管したことが無いのでわからないのだが、おしっこ高野豆腐を冷蔵庫に入れた場合冷蔵庫の中の隅々におしっこの臭い、そして長期間置く事により発生するアンモニア臭が染みついて好ましくない事態を起こすのではないだろうか。特に長期間置く事で発生するアンモニア臭は幼女の無垢さと相反する。幼女がおしおきやネグレクト等の荒んだ環境におかれている様子に興奮したい場合を除くなら、やはりおしっこ高野豆腐は一度に食べた方がいいのではないだろうか。それに性を日常からの脱却手段として扱うならやはり一度に食べてしまった方がいいし、なによりも時間をおくと美味しさが損なわれてしまうのが食べ物一般の性質である。
このようなことを考えると、幼女のおしっこに無垢な無味さを求める場合、高野豆腐と言う手段は相性が悪いと考えられる。もちろんおしっこを煮詰めずに直接高野豆腐に曝すという方法が考えられるが、これはまた後の機会に検証したい。煮込むという正攻法でおしっこ高野豆腐を作る場合、普通に作ると塩辛くなってしまうので重要なのは塩分管理である。塩分を摂らない者のおしっこを使うのがよいだろう。ということは幼女なんかよりも桃娘か乳児のおしっこが適当だと考えられるが、あいにく私には手に入れられないので検証はできない。
2013/07/10
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