後ろで大きな爆発音がした。俺は驚きながら振り返った。
創価学会は悪の組織である。
その魔手が、あおはら市杉平(すぎだいら)町を覆っていた。魔手は杉平町の喉を閉め、町民は飢餓に苦しんでいた。草を噛み汗を嘗め、飢えを紛らわすために電池を嘗めていた。何人もの町民が電池を喉に詰まらせ、腸を液漏れに侵されて死んでいった。
そもそも杉平町は地方の町だった。しかし昨今のグローバル化によって生き残りのために東京一極集中化が進み、地方の財政は交付金に依存するようになってしまった。そんな地方の自立を促すために国会で地方分権法が可決され、経済の自立が謳われた。市町村は自立と生き残りのために創意工夫を重ねたが、努力が足らず没落していく市町村が相次いだ。アメリカの企業に買収されて農地や米軍基地になったり、シナ人(中国人のこと)に買われて本国の水源地になる市町村がいくつも出ていた。努力が足らず競争に負けた者には当然の末路であった。慈悲深い日本政府はそれでも救済策を呈示した。原発建設を提案し、格安派遣介護労働業の就職口を示すなど、生き抜くための協力的な提案をいくつも示した。古来からずっと歴史の無い文化不毛の地である東北地方の寒村、戸的(とまと)村の例は有名である。戸的村では村が土地を全て自衛隊に譲渡し、村民全員が入隊した。この現実的決断はマスコミに報じられ、「戸的村に続け」は地方の合言葉となった。戸的村の町民はその後尖閣諸島で全員名誉の戦死を遂げ、戸的村には靖国神社戸的村特別分社と核実験場が建てられた。
朝日新聞をはじめとする特亜人(中国・韓国・北朝鮮及びそれらに好意的な人々)が戸的村に駆けつけて反対デモを行ったが、デモ隊の頭上に朝日新聞の取材ヘリが墜落。傍をオスプレイが悠々と飛んでいた。日本を解体しようとする非国民への天罰であり、村民の無言の賛成の表れであることは明らかだった。
杉平町も生き残りに必死だった。あおはら市の悲願、あおはら縦貫自動車道が完成すると、杉平町はあおはら縦貫自動車道を通じて東京や隣接市町村の富裕者層に物的・人的資源を捧げ、そのトリクルダウン、即ちおこぼれで何とか財政をしのいでいた。
しかしそんな杉平町に悲劇が訪れた。杉平町の南端に創価学会杉平文化会館が建ってしまったのである。杉平町は反対運動を続け東京の国会議員に陳情したが、人民解放軍が便衣兵となって創価学会杉平文化会館建設予定地に押し寄せ、とうとう建設が強行されてしまった。創価学会杉平文化会館はあおはら縦貫自動車道のど真ん中にあった。創価学会文化会館の学会員(創価学会の信者のこと)はあおはら縦貫自動車道を行き交う人々を洗脳し、物資には高額な通行料を課した。あおはら縦貫自動車道は学会員と特亜人に占領され、純粋日本人の姿が消えた。
生命線を断たれた杉平町に飢餓が訪れた。町民は草を噛み汗を嘗めた。汗を嘗めるのは、欠乏した塩分をできるだけ無駄にしないための創意工夫だった。町民は諸悪の根源である非国民森信吉を恨んだ。
森信吉は杉平町の住人だったが、就職難にもかかわらず「せめて日曜日は休みたい」と甘えたことを言って仕事を選り好みし、ニートになった。そんな彼に学会員が訪れ、空腹で弱っていた森信吉は入信。しばらくして森信吉は自宅と土地を創価学会に寄進した。その土地があれば、あおはら縦貫自動車のど真ん中に創価学会の文化会館を建てることができた。創価学会はこれを機に杉平町、ひいてはあおはら市全域を手中に収めんと杉平町への兵糧攻めを行った。創価学会杉平文化会館建設はその一環で、あおはら縦貫自動車道を断たれた杉平町の産業は衰退し、弱ったところを勧誘された町民は次々と入信した。火のないところに火をつけるマッチポンプを行って人の不幸につけ込む、特亜人らしい卑劣なやり方だった。
創価学会が朝鮮宗教だというのは有名な事実である。名誉会長の池田大作は本名を成太作(ソン・テチャク)と言い、両親とも戦前から日本にいた朝鮮人である。池田というのは父親の名、成田作の田と母親の姓、池をつなげて作った偽名にすぎない。全羅南道人のようで、戦後のどさくさ紛れに没落した海苔養殖業者を乗っ取り日本国籍を不正入手したのである。韓国SGIにおいて池田大作は韓国人であると主張してしていることが確認されている他、一九九八年十一月四日の聖教新聞『韓日友好を誓い「創価同窓の集い」』には「私(大作)は、父から『日本のやり方はひどい。日本はもっともっと韓国を大切にしなければいけない。』と聞かされて育ちました」とある。純粋日本人なら、韓日友好とは決して言わない。教祖が在日朝鮮人であることを裏付ける、間違いない証拠である。また大作が一九九九年五月三日に韓国に立てた反日の石碑には
「安らけき朝の光に 貴国を想う
古の書に「東表日出之国」と謳われ
山高く 水麗しき 風雅の国
東海の小嶋へ 重畳の波浪越え
あまたの文化 文物もたらし
尊き仏法を伝え来りし 師恩の国
隣邦を掠略せず 故郷の天地 守り抜く
誉れの獅子の勇たぎる 不撓の国
然れども 世紀の災禍いくたびか
小国の倨傲 大恩人の貴国を荒らし
大国の横暴 平和の山河 蹂躙す
アボジ(父)、オモニ(母)の叫喚は
我が魂に響き その痛み須臾も消えず
不思議なるかな今 悲劇の祖国に
巍巍堂々たる地湧の同胞 湧き出で
韓日新時代へ 敢闘の前進を開始せり
敬愛せる貴国の友人いわく
「心をとざして相対すれば戦いとなり
胸襟を開き相語れば平和となる」と
過去を忘却せず 現当へ誠心尽くし
人道と正義の 大いなる旭日昇る
韓日友好の「新しき千年」築かん
無窮花の如き 馥郁たる幸と平和の楽園 アジアと世界へ永遠に拓かん と誓いつつ」
と記されている。日本を「東海の小嶋」と呼び韓国に「師恩の国」・「アボジ(父)、オモニ(母)」と呼びかけ「韓日」表記をするそれは、大作が在チョンの本性を表した石碑に他ならなかった。通名を使っているから確認はできないが、創価学会の副会長などの幹部の三分の二は在日だという情報がある。森信吉も、母親が在日韓国人だという噂が確認された。
「森信吉(シン・シンギョル)は在日だったが、我々は純粋日本人だ。やればできる」が杉平町の合言葉になった。しかし飢餓の影響は大きく、餓死する町民が跡を絶たなかった。死体は合理化のために町民が食した。それでも飢えに耐えかねた町民がふらふらと山や川、あおはら縦貫自動車道に入って行った。彼らは学会員になって杉平町に勧誘しにくることもあったし、死体となってカラスにつつかれているのを発見されることもあった。学会員になった町民は食糧で町民を誘惑し、死体の方は合理化のために町民が食した。
ジリ貧を恐れた杉平町の自警団は十二月八日、回天を期して創価学会杉平文化会館に突入を敢行した。が、特亜人の飽和戦術の前に全滅。生き残りの自警団は捕らえられて創価学会に監禁された。
柳瀬青年もその一人だった。柳瀬青年は捕らえられた仲間が虜囚の辱めを受けまいと自殺するのを幾度となく見た。自分は何故生き恥を晒しているのかと罪悪感に囚われた。創価学会は抵抗の意思を示す捕虜には食事を与えなかったので、空腹に耐えかねて仲間が何人も入信していった。柳瀬青年は抵抗を続けていたが、世界青年平和文化祭(創価学会の、北朝鮮顔負けのマスゲーム)に連れて行かれ、そこで実の弟がすっかり洗脳されてマスゲームをやっているのを目撃して心に隙ができた。
世界青年平和文化祭の大歓声の中で柳瀬青年は涙を浮かべていたが、それが弟への悲哀によるものなのか空腹のひもじさによるものなのか柳瀬青年にはわからなかった。熱っぽい感情で頭がいっぱいになってわけもわからず涙が溢れるのだった。世界青年平和文化祭が終わってから学会員と鍋を囲み、たらふく食べてから柳瀬青年は気付いたのだった。学会員が飯をくれたのは自分が創価学会への賛同の意を示したからであり、世界青年平和文化祭での自分の涙は悲哀によるものでもひもじさによるものでもなく、大迫力のパレードが見せる圧倒的な美に感動していたからに他ならなかったのだと。
だが悔いてももう遅い。入信届こそ出していなかったが、柳瀬青年の気力は空腹によって尽きかけていた。ともすれば周りの唱題の声に合わせ、白馬がパッパッと駈ける様な朗々としたリズムで「南無妙法蓮華経南無妙法蓮華経」と大作を称える呪文をつぶやいていた。柳瀬青年はそのことに気付いていなかった。頭にあるのはただ杉平町のことだけだった。今頃町民はどうしているだろうか。生き残った私を恨んでいるのだろうか。
杉平町の情勢は12・8の突撃後悪化した。町の生産はさらに減少した。勧誘に来た学会員を殺害して「黒豚が獲れた」と言って調理することがもはや杉平町の主要産業となっていたのに、若年層や壮年層が12・8で激減しそれが困難になったからである。町民は紙幣を噛み尿を飲み、電池を食べて空腹を紛らわしていた。電池が喉に詰まったり液が腸を侵したりして町民が次々と死んでいった。死体は合理化のために町民が食した。
ヴァジラカンカー・ウパスータカパデーナムッタ師、すなわちVU師が杉平町に来たのはそんな時だった。
VU師はオウム真理教の残党である。オウム真理教は地下鉄サリン事件後の強制捜査で壊滅したが、麻原への狂信はなおも根強く、オウム真理教はアーレフとひかりの輪という二つの残党団体に分裂して存続した。VU師はオウム真理教の信者だったが、強制捜査後の騒動の中で「教団がこんな目に遭ったのも、我々信徒がグル(麻原のこと)におんぶにだっこだったせいで我々のカルマをグル一人に負わせてしまったからに違いない。我々のカルマによってグルのデータが乱れてしまったのだ。深く反省し、例え一人でも修行できる強い心を手に入れよう」と流浪の旅に出た。VU師の選択は正しかった。アーレフにもひかりの輪にもVU師を世話する体力は無く、またアーレフとひかりの輪が権力闘争をしていた時期だったからである。VU師は地方を放浪し、各地でオウム真理教の布教を続けた。オウム信者であることが発覚して追放されるとまた別の地方へ移った。VU師は平気だった。もともとオウムの信者は劣悪な環境に強い。ひもじさも病気も、麻原への帰依心で塗りつぶすことができた。一ヶ月以上放置されカビだらけになったそばの生麺だって、「ちょっとすっぱいけど、何とかいけますね」と平然と食べることができた。東北地方を訪れたことはVU師にとって幸いだった。放射能汚染で捨てられていた家畜や農産物、その他の物資を大量に手に入れることができた。放射線被害は修行で乗り越えることができた。VU師は核戦争によるハルマゲドンを予言した尊師の正しさを確信し、グルとシヴァ大神による祝福に感謝した。
杉平町を訪れたVU師は、その惨状を目の当たりにした。子供は「大きくなったら、12・8の軍神のように学会員をやっつけるんだ」と夢を語っていた。母は赤子にやる乳がないから、赤子に汚れたオムツを嘗めさせていた。糞尿は貴重な食料だった。そんな餓鬼さながらの住人を見て、「貪りのカルマだな」と思った。そんな住人から施しを受けようとは全く思わなかった。事実、町民はVU師を殺害して食そうとしていた。VU師はもちろん他心通(他人の心を読み取る超能力)でこのことに気づいていた。そして、この危機を真理の力で救えば杉平町に真理との強い縁ができるし、真理の力に気付いた住人を真理に帰依させるさせることができると思った。だから
「創価学会杉平文化会館は三年以内に必ず爆発する。
これはグルとシヴァ大神によって私にもたらされた予言である。
願わくば、すべての魂が
マハー・ニルヴァーナに
入らんことを――
ヴァジラカンカー・ウパスータカパデーナムッタ」
と書いた紙を町中にばら撒いた。もちろん町長にもこの紙を渡した。町長は12・8の責任をとって割腹自殺を遂げていた(死体は合理化のために町民が食した)が、町長室には町長代理が力なく横たわっていた。町長代理はVU師に何も言わなかった。が、生きていた。ただ動く気になれず、VU師の話を理解する気力も無く、VU師が渡した紙を読むこともできなかっただけなのである。町長代理は遠い目をして中指を口にくわえていた。中指の静脈を切って中指を口に含み、染み出る血で口を濡らして生存する時間を少しでも長くすること、それだけが町長代理にできる精一杯のことだったのである。
VU師は準備を整えるとおもむろに創価学会杉平文化会館に赴いた。
創価学会杉平文化会館でのVU師の行動を語る者は少ない。『杉平町略史』にはこう書かれている。「創価学会杉平町文化会館で爆発が起こる。創価学会杉平文化会館で密かに製造していた小型水爆が爆発したものとみられる。基準値を超える放射能は検出されなかった。創価学会杉平文化会館は倒壊する。あおはら縦貫自動車道が仮復旧する。創価学会杉平文化会館の学会員の全員の死亡が確認される。囚われていた町民が救助される。あおはら縦貫自動車道が完全に復旧する。杉平町は復興への道を歩む。実に12・8で散った軍神たちの御加護であり、神風である。自警団の生き残りが東京脱洗脳総合センターに移送される」
だがこの記述は到底満足できるものではない。放射能が検出されない小型水爆なんて特亜の技術力では製造不可能だし、なにより不思議なのは、自警団の生き残りが東京脱洗脳総合センターに送られたということである。自警団の生き残りがどうなったのか。東京脱洗脳センターに問い合わせても個人情報の保護を理由に答えてくれない。
俺は今回、自警団の生き残りの一人である柳瀬青年が某有名牛丼チェーン店の元社長だったことを突き止め、インタビューを行うことに成功した。柳瀬元社長はインタビューに快く応じてくれた。
――創価学会杉平文化会館が爆発した時のことを教えて下さい。
創価学会杉平文化会館が爆発した時、私は半死半生でした。創価学会の洗脳、特に世界青年平和文化祭のパレードが頭をちらついていました。弟がパレードで喜びいっぱいに輝かしく手足を振るっているその姿、なによりその目が忘れられなかったのです。それは牧口先生(創価学会の開祖)の価値論に合致していました。価値論とはすなわち美・利・善のことです。牧口先生は最高の価値を創造して生きることが人生の幸福であると考え、人間が創造できるものとして「価値」を位置付けました。価値とは人間と対象の関係力のことです。そして価値は人間が生み出すことのできるものです。この観点から牧口先生はカントの「真・善・美」を退けて「美・利・善」の価値観を主張しました。なぜなら真理は人間が認識するだけのものであり人間が作り出すことはできないからです。だからかわりに「利」の価値を重視したのです。人間という視点を忘れない牧口先生の思想の確かさがここにも感じられます。その「美・利・善」の中の「美」とは芸術・文化の追求のことです。世界青年平和文化祭のパレードはまさに平和の祭典であり芸術・文化の追求でした。弟の目はどうしてあんなに輝いていたのでしょうか。それはどこまでも人間に視点を置いた牧口先生の哲学と日蓮仏法に支えられて生命が躍動していたからです。それはすなわち「大善」の生活です。「大善」とは世界人類に共通する善行のことです。「善」の価値は牧口先生が人生においても最も追求した価値です。「善」とは不正に対する正義の追求のことで、これは「公益」でなければなりません。なぜなら「善」の価値は個人の好悪である「美」の価値や損得の価値である「利」の価値よりも上にあるもので、個人にとっては利益であっても社会に害を及ぼすものであれば悪となり、個人にとっては損であっても社会に益があれば善だからです。したがって牧口先生は「善」を「小善」・「中善」・「大善」の三つに分け、利己的善である「小善」と偽善的善である「中善」はむしろ「大悪」になるとして退け、「大善」の行動こそ最高の価値創造の人生であると考えたのです。なぜなら一人ひとりが大善を志向しながら新たな価値を生み出していく生き方をするとき、自らを幸福な生活へと高めていくことが、社会全体の平和と繁栄を築いていくことにもつながるからです。つまり日蓮仏法を根幹に限りない生命力を我が内から引き出し、社会の幸福と個人の幸福を共に実現する生き方なのです。……えっと、何の話でしたっけ。
――創価学会杉平文化会館が爆発した時の話です。
ああそうでした。すいません。創価学会で植え付けられた教義がつい口をついてしまいました。そうそう。ちょうどこんな風に創価学会の教義が頭の中を駆けめぐっていたんです。そんな時、鈴の音がした。
――鈴の音、ですか。
そう、シャンシャンと鈴の音がしたんです。勤行唱題(大作を称える呪文)の声を退けて、でもまわりに鈴なんて一つも見えない。小さい音でしたがはっきり聞こえました。幻聴にしてはやけにはっきり聞こえるんです。で、その音がだんだん大きくなって、キーンとこう、凛とした鐘の音がしました。突然目の前に行者が表れて言ったんです。
「私はヴァジラカンカー・ウパスータカパデーナムッタである。学会員の魂は全て法華経地獄に落ちつつある。この『法華経地獄』とは何かというと、『法華経を守れ!』というと、天から声が聞こえると、その地獄の中で、ダッダッダッダッと人が走り出す。そしてそれぞれ自動小銃を持ってぶっ放すと。で、殺されると。また、生き返ると。そして『法華経を守れ!』というと、また同じように、ダッダッダッと走り出し、機関銃をぶっ放すと。こういう地獄であると。そしてこれは実際、第一地獄に存在するのである。この第一地獄に存在する魂たちが、この日本を牛耳ったとするならば、同じ日本人として一生を送る場合、その法則を実践しなければならなくなる。その法則を実践しなければならないということは、わたしたちも同じように地獄へ至るしかないんだ。だから私は学会員に対して、今から決死のポアを行う。私は予言する。これから爆発が起こる。学会員は全員死ぬ。これは私の超能力によるものであり、グルとシヴァ大神の祝福の賜物である。私はジュニアーナ・ヨーガを成就しているからセルフ・リアライゼーションができるが、しかし学会員のカルマは莫大なものであり諸君の前に直接会うことができない。しかしこれからおこる真理の力をしっかりと記憶修習し、真理のデータを根付かせてほしい。苦ありて信あり。
願わくば、すべての魂が
マハー・ニルヴァーナに
入らんことを――」
そこで目が覚めました。空腹でうとうとしている時に見た幻だったのです。ところが、ふと手元を見ると驚きました。何故か紙束があって、その上に一枚の紙があってこう書かれていたのです。
「創価学会杉平文化会館は三年以内に必ず爆発する。
これはグルとシヴァ大神によって私にもたらされた予言である。
願わくば、すべての魂が
マハー・ニルヴァーナに
入らんことを――
ヴァジラカンカー・ウパスータカパデーナムッタ」
その紙の下の紙束はビニール袋に包まれていて、中は反古紙を使って印刷された『生死を超える』でした。夢じゃなかったのです。と、目の前にふっと行者、つまりVU師の姿がまた浮かんだのです。麻原彰晃だったかもしれません。とにかくその姿の周りに「ラジャス」としか言いようのない熱エネルギーと、「タマス」としか言いようのない音のエネルギーと、「サットヴァ」としか言いようのない光のエネルギー、つまり三グナがVU師の真我の周りに表れて干渉したのです。真我は三グナの持つダイナミックな光・美しさ・動きに感応し、その中へと没入してしまいました。つまり真我は、三グナが、自分の持つ特性よりも素晴らしいものを与えてくれると、錯覚を起こしてしまったのです。
その時後ろですごく大きな爆発が起こりました。
これがビックバンなのだな。と私は思いました。爆発は本物でした。牢屋の鍵が壊れ、私は外に出ることができました。すべての扉は爆破されていました。何よりも驚いたのは、学会員が全員両手両足を爆破されていたことです。創価学会杉平文化会館を脱出するチャンスを得た私は、『生死を超える』を抱えて無我夢中で逃げだしました。
――その『生死を超える』は、今ありますか。
はい、ここに。この通り、ビニール袋に包まれて反古紙に印刷されていますよね。ところがこの反古紙、聖教新聞としんぶん赤旗なんです。なぜか片面印刷になっているのです。……ああ、三グナがどうのこうのというのは、勝手に頭の中に植え付けられていました。超能力としか思えません。
――VU師はその後どうなりましたか。
わかりません。私はVU師をその後全く見ていません。
――学会員はその後どうなりましたか。
……あおはら縦貫自動車が仮復旧した時に、力を取り戻した町民になぶり殺され、食されました。町民の怨讐はすさまじかったですから。それに、VU師の望みでもありました。身体を供養し、町民の憎しみを和らげること。これが学会員が法華経地獄から逃れる唯一の道であり、ポアだったのです。
――生き残った自警団はどうなったのですか。
自警団は救助され、杉平町の復興に加わるつもりでした。しかしオウム真理教の教義を口走るようになり、町民とのトラブルを起こすようになってしまっていました。これはマズイと直感した私は、VU師のことは全く口に出さずに、ひたすら炊き出しの手伝いをしていました。東京脱洗脳総合センターが来たのはその頃です。自警団を片っ端から東京に送り、創価学会杉平文化会館の跡地に杉平神風公園を造りました。
――それは……
口封じでしょう。政府で解決できなかった創価学会の問題を、オウム真理教が解決したとなっては政府の面目丸つぶれです。杉平町に配られたVU師の紙も『生死を超える』も、私の持っている物以外は闇に消されてしまっています。このままでは私も闇に消される。それに気付いた私は杉平町を逃げ出しました。創価教育は、自分の力で幸福の道を開く力を私に与えてくれました。その力と炊き出しの経験を基に、牛丼屋を始めたのです。
――牛丼屋ですか。
はい。そもそも私は、創価学会杉平文化会館の事件があってからどうしても警察に出頭する気になれなかったのです。なぜなら、出頭すれば正義を潰される気がしたからです。出頭すれば東京脱洗脳総合センター送りになるのは確実です。送られたら最後、創価学会の教義もオウム真理教の教義も否定するようにさせられ、私を親身になって心配してくれる地域や政府の方々の優しさに気付き、これこそが私の求めてたものなんだ。感謝して人のために精一杯働こう。自分があるのは周りの人が支えてくれているからなんだ。だから周りに人のために会社に入って、お客様のために、お客様目線で精一杯真心を込めたサービスをしよう。私達は「絆」で結ばれているのだから――こんな人生を歩まされることにはっきり気づいたんです。そして私はそれが嫌でした。
――嫌でしたか。
はい。創価学会に監禁されている時に、私はどこか違和感を覚えていました。創価学会の教義は素晴らしい。牧口先生の人生地理学・創価教育学・価値論は素晴らしい。美学がすっと、筋が通っている。でも、何かが違う。この違和感があったから、私は入信しなかったのでしょう。そしてVU師との出会いによって違和感の正体ははっきりしました。VU師は私に直感力を与えてくれました。物事の本質や根本原因を瞬時に見抜く力です。爆発後、四肢をもがれて苦しみに呻く学会員を見るうちに、「この学会員は、どれも同じに見える。ここに人間はいない」という思いが浮かんだのです。もしかしたらグルとシヴァ大神の啓示かもしれません。とにかく、違和感の正体がわかったのです。創価学会に入ると自分の物語を潰される。自分の物語を潰す組織は悪の組織です。
――創価学会は悪ですか。
はい。自分がなくてはいけない。他人のための人生は自分のためではない。だから私はなによりも自分のための人生を送らなければいけない。そう強く思ったのです。
――それで牛丼屋を始めたのですか。確かに金持ちになれば自分の道が開けますが……
いや、牛丼屋を始めたのは金儲けのためではありません。金儲けならもっと別のやり方がありました。が、それをする気にはなれませんでした。弟の輝いた目とVU師の凛とした姿がそれを許さなかったのです。自分の物語は正義の物語でなければならない。そうしなければ二人は許してくれないのです。しかし正義とは何か? それは難しい問題でした。創価学会でないのは明らかです。が、オウム真理教でもない。東京脱洗脳総合センターが示すであろう、人の温かさと感謝の気持ちでもない。私は弟を、競争に負けた心の弱いかわいそうな狂信者と切り捨てることができませんでした。また、VU師は私や弟よりもはるかに強い人でした。だから正義は金儲けの拝金主義でも、客観的で冷静な現実主義でもない。ではどうするのか? 私は自分の物語を生きなければならない。そしてそれだけではなく、その物語にはテーマがなくてはならない。二人の姿は私に正義を見つけろと強く迫っていました。それほどまでに二人の姿は強烈だったのです。逃れることのできない問いに私は悩み続けました。そして体が答えをくれたのです。杉平町の復興の時に食べた豚汁は胸に沁みる格別の味でした。それを食べる町民の顔も本物でした。杉平町と創価学会杉平文化会館で味わった空腹は、私の記憶に強く染みついていました。そして見つけたのです。飢えている人、困っている人に食べ物を差し出すこと、これなら正義に違いないと。私が牛丼屋を始めたのは、金儲けのためではありません。この世から飢えと貧困を無くすためなのです。それが私の革命でした。
――そんな話は、今まで聞いたことが無いのですが。
当たり前です。今まで黙っていたのですから。私が創価学会とオウム真理教の影響を受けていることを公言してすれば、私は間違いなくバッシングに遭うでしょう。この世に宗教はいらない。許されるのはせいぜい伝統宗教である。これが世間の風潮ですから。まあ社長になって金ができましたから、東京脱洗脳総合センターも遠ざけて黙らせることができます。でも、公言すれば牛丼屋の職員が私柳瀬の物語に巻き込まれてしまうかもしれない。ワタミの社員が渡邉美樹の物語に巻き込まれて過労死した事件を御存じでしょう。ああいうことは絶対にしたくない。だから喋らなかったのです。
――では、なぜ今回話そうと思ったのですか?
簡単な話です。やっぱり棺桶に持っていく気にはなれなかったからです。私も引退してしばらく経ってるから、もう時効だろうと思って話したのです。それに、元気なうちにこのことを話しておきたい。あの事件の真相を闇に消す気にはなれなかったのです。そしてそのためには、死なないうちに、ボケないうちに話すしかないからです。最近わかるんですよ。自分はもう長くないと。だから今のうちに、杉平町の真実を、弟とVU師の姿を、何よりも私の青春を留めておいてほしかったのです。
――何をおっしゃいます。気をしっかり持って下さい……
インタビューはまだまだ続いた。が、ここまで書けば十分だろう。
柳瀬社長の余りにも壮絶な話に、私はしばしば頭を悩ませた。創価学会とオウム真理教で頭をやられた人間の話が理解不能なのは当然のことである。そもそも正義なんて無い。あるのは競争原理だけである。努力を積み重ねて生存競争を生き抜く。これが唯一絶対の真理なのだ。競争に耐えられない心の弱いかわいそうな弱者が、宗教にすがる。教祖に金を貢いで承認欲求を満たしてもらう。萌え産業と同じである。だが、そもそも宗教は阿片である。共産主義もまた阿片に過ぎない。政府だって阿片をばら撒いている。高度経済成長は過ぎ去ってしまった。だからパイは増えない。増えないパイを分けるのだから、どうしたって弱者が出る。そんな弱者を救うために、政府は自衛隊や格安派遣介護労働や東京脱洗脳総合センターを推進した。レイシズムとナショナリズム、過酷な労働、感謝と「絆」で頭を一杯にすれば、弱者だって生存できる。政府に逆らうことのない阿片。それが政府のばら撒いた阿片、つまり宗教。柳瀬元社長風に言えば「他人の物語」である。
確かに柳瀬元社長の言う事には一理ある。人を洗脳するのはよくないことだ。「特亜人」、「美しい日本」、「普通の国」、「毅然とした対応」……最近これらの言葉が行き交うこと甚だしいが、このナショナリズムが暴走して戦争になりはしないかとヒヤヒヤしている。日本が特亜人の嫌がらせを受けているのは確かだ。しかし日本には特亜と正式に戦争する体力は無いのだ。だから戦争をしてはいけない。すべき戦争は、特亜同士の戦争である。韓国と中国あたりが戦争すれば、特需で日本経済は復活する。その日が来るまでじっと耐えなければならない。人を洗脳することで、政府は狂信者という爆弾を抱えてしまった。この爆弾が破裂しないように管理しなければならない。それでも、宗教で弱者を救ってやってるだけまだ政府は温情的である。それが政府への客観的な評価である。
しかし柳瀬元社長が創価学会とオウム真理教にかぶれていることには、本当に驚いた。
オウム真理教の残党であるアーレフは、地下鉄サリン事件を知らない若者を勧誘して勢力を伸ばしているそうだ。同じく残党であるひかりの輪も、「麻原を否定した」と言い張ることによってマスコミや文化人に好印象を与えているという。この世に正義なんて無い。あるのは厳しい生存競争だけであり、そのことはこんなにも明らかだ。なのにどうして、宗教なんて邪道にハマる弱者がこうも多いのだろう。
柳瀬元社長の、しっかりとした口調が頭から離れなかった。
――正義は本当に無いのだろうか――
そんなことをふと、俺は思った。
2012/09/24
参考
http://yapoolx.blog136.fc2.com/blog-entry-38.html
『牧口常三郎-創価教育の源流』パンプキン編集部
http://bekkoame.ne.jp/i/sinzinrui/kyogaku/274-277.htm
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