美についての考察
三笠宮彬子女王殿下の講演会を聞く機会に恵まれた。

彬子女王殿下はオックスフォード大学での留学体験を綴った「赤と青のガウン」がベストセラーとなって注目を集め、その後も「日本美のこころ」「京都ものがたりの道」など、瑞々しい好奇心と深い教養に満ち溢れたユーモラスなエッセイで、人々の心を動かし続けていらっしゃる方。
今回は「後世に伝えたい日本文化」というお題で、お話を聞かせてくださった。殿下はご自分の主催される「心游舎」という団体を通じて、子どもたちに日本の年中行事など、消えて欲しくない日本文化を啓蒙する活動をされている。
日本の年中行事の中には、宮中で行われていた行事がやがて民間に広まっていったもの数多くある。皇族として、宮中で古来から執り行われる行事を身近に見ながら育ち、今は皇居を離れて京都で研究や教育に携わる立場から解き明かされるお話の数々は、とても興味深く心奪われた。
同時に、講演の間ずっと心を奪われていたのは、彬子女王殿下のお言葉遣いの美しさであった。
過去に、その言葉遣いの美しさに心を打たれた方として思い出すのは、作家の朝吹真理子さんである。彬子女王殿下と朝吹さんに共通するのはなんだろうと考えてみると、「語彙が豊富」「深い配慮がある」「簡潔でわかりやすい」の3点ではないかと思う。
「語彙が豊富」というのは、その時々に1番適切だと思われる言葉を、瞬時に自分の頭の引き出しから取り出して手渡せるという事である。
そして、その言葉を取り出す時、自然かつ瞬時に、相手への「深い配慮」がなされているのだ。相手を決して傷つける事なく、できれば微笑んでもらえるようなユーモアを交えつつ、そして誰一人置き去りにする事のない、「簡潔でわかりやすい」言葉が、私たちの前にスッと差し出される。
言葉は人格そのものだと思う。美しい人の差し出す言葉は、やはり美しい。
「何を言うかは知性、何を言わないかは品性」とはよく言われる言葉だ。
願わくば、自分の口から吐き出す言葉は美しい言葉だけでありたいものだ。
