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風鈴ヶ丘

風鈴ケ丘   2006年 松崎ナオ  より


チリ~ン

と、

心地よい音色が響いてきた。

懐かしい音色だなと、

私は無意識に目を閉じた。

暗闇の中、もう一度

チリ~ン

と、鳴った。

胸の奥から脳天に向かって線が伸びたような、

何とも言えない心地よさを感じた。

風鈴の小気味いい音に目を閉じた私に、

夕方5時を知らせる

「夕焼小焼」のメロディが降り注いだ。

風鈴と夕焼小焼の化学反応は

私の胸の奥底に入り込み、

瞼の裏に映像を映しだした。

私はどこか居心地の良い、

瞼の裏の世界に身を委ねることにした。


小さな女の子が3人、公園から走り出した。

夕方5時を知らせる

「夕焼小焼」

のメロディが、

走り出した女の子たちに降り注ぐ。

末っ子らしい一番小さな子が、

前を走る子たちの速さについて行けず、

どんどん後ろに置いて行かれるのが見えた。

「お姉ちゃんたち待ってよ~」

という甘い声を発したが、

先を走る二人の姉は止まろうともしなかった。

最初は苦笑いを浮かべていた末っ子が、

二人の姉がどんどん小さくなるのを見ると、

半べそになって顔を赤くした。

それでも末っ子は走るのを止めなかった。

涙で視界が滲み、

先を行く姉たちが見えなくなっても

走るのを止めなかった。

まるで、

止まると自分が消えてしまうのではないか

と恐れているように。


気づけば空も薄暗くなり、

周囲の電灯が突然パッと光った。

それを見た末っ子は

「きゃ」

と叫んで、両手で頭を覆った。

末っ子は誰もいない坂道の途中にいた。

引き返すことも登りきることも、

どっちも末っ子を不安にさせた。

そして末っ子は、

走り出してから初めて足を止めた。


大きな窓のある家に目を向けると、

同じ年くらいの男の子が

母親と笑顔で話しているのが見えた。

末っ子の目には

その親子以外のものは一切映らなくなった。

羨ましいような、

恨めしいような、

そんな心持ちになった。

ふと自分の腕を見ると

小さな蚊がとまっているのに気づき、

咄嗟に掌で蚊を叩いた。

蚊は潰れ、腕が赤い血にまみれてしまった。

末っ子はその血を見ると、

自分の中から大事なものが

出ていってしまったと思い、

ついに泣き出した。

坂道の途中、

歩行者用の信号機に隠れるように蹲って泣いた。

涙が溢れ落ちると、

また自分の中から大事なものが

出ていってしまうことにますます心細くなり、

薄暗い空が見た事もない異物に見えて、

怖くなって膝を抱えた。


暫く泣いた後、小さな手が末っ子の肩に乗せられた。

末っ子が顔を上げると、

姉たちが蹲る自分を見下ろしていた。

末っ子は姉たちを見上げ、また涙を溢した。

そんな末っ子を姉たちが笑う。

1人の姉が末っ子の手を取って、

「帰ろう」

と言った。

その言葉は、

末っ子が

今までの人生で投げかけられた言葉の中で、

1番温かいものだった。


姉たちと3人手を繋いで自宅の近くまで来た。

空はすっかり暗くなっていたが、

繋いだ手が、

姉たちのちょっと汗ばんだ手が、

暗闇を払いのけてくれる。

涙で腫らした目を爛々とさせ、

大好きなハンバーグの匂いのする我が家を見つめた。

我が家の前まで来ると、

軒先に吊るした風鈴が

チリ~ン

と鳴った。

ふと腕を見下ろすと、

さっき蚊に刺された所が膨れていて、

急に痒くなって

爪を立てて掻き毟った。


縁側に続く居間でハンバーグを食べた。

表面がちょっと焦げて苦いので、

ケチャップをつけて食べる。

姉たちはケチャップから卒業しているので、

そんな末っ子を笑い、つられて母親も笑った。

しかし末っ子は笑われても平気だった。

ケチャップは、

出ていった自分の中の大事なものを

補ってくれると思っている。

だからケチャップからは卒業しない。

軒先でまた

チリ~ン

と、風鈴が鳴った。



現実に戻った私は

ゆっくりと目を開けた。

そういえば、

幼いながらに我が家のある高台に

「風鈴ケ丘」

なんて名前を付けていたっけ。

私はまだ、ハンバーグにケチャップをかける。

卒業する予定はない。

もう一度、

チリ~ン

という音が私を包み込んだ。

スーッと胸の閊えが抜けていくような、

何とも言えない心地よさを感じた。

ふと腕をよく見たら、

蚊に刺された小さな跡があった。


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最後までお読みいただきありがとうございます。
*この物語はタイトル曲の世界観を
文章にしたものではありません。
あくまでも柴犬自身の
創作世界であることをご了承ください。

敬意を表して

柴犬のショートストーリー纏めました!
宜しければ過去作もよろしくお願いします😃

柴犬のショートストーリーはこんなルールで作ってます😁


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