短編小説『歌姫と嗤う日本人形』
――名古屋の郊外、雑木林に囲まれた古い住宅街の奥。
そこには「嗤う日本人形屋敷」と呼ばれる、朽ちかけた一軒家がある。
都市伝説によれば、夜な夜な日本人形の不気味な嗤い声が響き、肝試しに来た者は皆、耳から離れず毎夜うなされる…という噂だ。この怪談を番組のネタにしようと、歌い手のaicoとお笑い芸人ゴリは意気揚々と夜の屋敷に繰り出した。
薄闇の中、二人は現場に到着。かつては家族が住んでいたらしい二階建ての屋敷は、あちこち窓ガラスが割れ、壁には蔦が絡まり荒れた状態に思わず足がすくむ。
「うわ、めっちゃ雰囲気あるわ…ゴリくん、撮影頼むで」
「aicoさん俺もう怖いです!しっかり後ろでカメラ回しますわ…」
「キミ後ろ好きやな!芸人ならもっと前に出んとアカンで」
「何でこんなとこでダメ出しされなアカンのです?仰る通りですけど」
「そこは認めんなや」
二人は無理やりテンション上げることで、ビビってへんで俺感を出しつつ、懐中電灯とカメラの照明の中、ギイと軋む玄関のドアを押し、屋敷にじゃりっと足を踏み入れる。
古い日本家屋らしい、入ってすぐに奥へ続く廊下と階段があり、まずは1階からや、と右手の居間から探索を始めた。
今朝は雨だったので空気は湿っぽく、独特のカビ臭さが鼻につく。懐中電灯を照らすと、ブラウン管のテレビは壊され、ソファの布もボロボロ。突き破って飛び出たバネが錆びている。割れた窓ガラスからはヒューヒューという風切り音が聞こえ、ビリビリに裂けたカーテンを不気味に揺らしている。
「まあ、わかりやすい廃れ具合やな…」「絵にかいたような廃墟ですわ」
aicoがリードし、ゴリが撮影しながら後ろをついてくる。
隣りのキッチンや奥の和室も調べるが、倒れた家具と壊れた家電ばかり。
ビビった割に一階に収穫は無く「上、行こか」と軋む階段を上り、二階の廊下へ。手前は寝室だったが、奥の子供部屋のドアが半開きだった。
その隙間から冷たい風が手前に流れてくる。
「…ゴリくん、ここヤバそうやな…」圧を感じたaicoは思わず小声になる。
「aicoさん、俺もう帰りたいですわ…猫やったらええけど…」
「猫やったらそれはそれでおもろいやんか、ほな、いくで…」
aicoが恐る恐るドアを開けてバッと懐中電灯で照らすと、薄暗い部屋の中に箪笥が見えた。引き出しは全部なくなっていたので「箪笥だったもの」だが、その上にガラスケースに入った、赤い着物を着た日本人形が佇んでいた。
「…うわ!ホンマに居るやん!」「アカン!こわいこわいこわい!」
その日本人形の目が、懐中電灯の光に反射して光る。
二人の視線が人形とバッチリ合ったその瞬間――
静寂を切り裂くように、低く不気味な嗤い声が響いた。
まるで地の底から響いてくるような男の低く鈍い嗤い声が、子供部屋から二階にこだました。
「おわああ!これホンマにアカンやつや!」ゴリが飛び上がり、逃げ出そうとするのをaicoがひっ捕まえる。
「ゴリくん!撮影班が逃げてどないすんねん!」と、小声でツッコみつつ、さすがのaicoも血の気が引いて後ずさりした。
「とりあえず、…いったん逃げるで!」「アカーン!!」
二人はバタバタと慌てて階段を駆け下り、屋敷を飛び出した。
外の湿っぽい空気を吸い、息を整えてようやく落ち着く。
「aicoさん、あれ絶対幽霊ですやん!ガチのほんまもん撮れましたけど、これは放送禁止レベルですわ!」
「いや、待てゴリくん。撮れたけど、もうちょい調べたいわ」
「何調べるんです!?俺、あそこもう一回行くの嫌ですわ…!」
「でかいおっさんが泣き言いうなや、とりあえず一旦帰ろ」
翌日、ラジオ局で二人は音響スタッフの佐藤さんに相談。
「佐藤さん、聞いて! あの屋敷でめっちゃ不気味な嗤い声撮れてんけど」
「この音声、俺の声ちゃいますよ!ほんまもんですわ!」
佐藤さんは神妙な面持ちでカメラの録音をひととおり聞き、ふと何かに気づいたように目を細めた。
「…この音声、ちょっとおかしいわ。気になるから俺も行ってみてええ?」
「…俺、シンプルに嫌ですわ」
「ゴリくん!プリンおごったげるから来いや」
――二日後。
二人は佐藤さんを連れて再び屋敷を訪れた。ゴリが愚図るので、今回は日中にやってきた。薄暗い午後、さっそく問題の子供部屋へと足を踏み入れた。
あの時は暗くてよく見えなかったが、8畳ほどの部屋には壊れた勉強机とバラバラになったベッドの木片なども散乱していた。物もたいして残っていなかったが、引き出しの無くなった箪笥の上に日本人形は佇んでいた。
「aicoさん、こないだより髪、伸びてないですよね?」
「髪は一緒やろ、キミのツンツンと同じ、ずっと一緒や」
佐藤さんは箪笥の上の日本人形を覗き見て、周りを調べると「やっぱりな」と、人形の後ろに置いてあった四角い袋を手に取った。
aicoが不思議そうに「佐藤さん、それ何です?」と尋ねると、佐藤さんは「昔の笑い袋やな」と工具セット取り出し、蓋を開けて中をいじり出した。
「笑い袋?」aicoとゴリは目を丸くした。
「そうか、キミら『笑い袋』知らん世代か。なんてことはない、ボタンを押すと笑い声の音が流れる、昔の単純なオモチャや」
「へええ、そんなんあったんです?」「滑った時に使えそうですやん」
佐藤さんはゴリくんは滑らんようにしいや、と付け加えながら「これ電池式でな、電池が切れとっても稀に湿気で反応することあるんや。ほら、ここ見てみ。電池が腐食して、たまにショートするんや」
佐藤さんがぎゅっとボタンを押すと「オッフォフォフォ…」と低く不気味な笑い声が鳴った。
「うわ、コレや! ゴリくん、幽霊ちゃうかったやん!」
「ホンマですね!…俺、めっちゃビビってもうてたわ」
「この笑い袋、子供が人形と一緒に置いてったんやろ。ケースの後ろやから、笑い声が人形から聞こえるように錯覚したんや。電池弱いから余計不気味に聞こえるわ。おそらくaicoがドア開けた振動で作動したんやろな」
ラジオ局に戻り、二人は次の収録でこのエピソードを披露。
「あたしめっちゃビビったけど、まさかの笑い袋って!」
「aicoさん、何度も聴いてると癖になりますわコレ」
「じゃあ今度ゴリくんの笑い袋、作ってもらう?」
「ええですね、ウケへんかったときに使わせてもらいますわ」
「せやからスベり止めにそれ使うなや!笑い袋禁止ですー!」
いつも通りの賑やかなラジオに、リスナーからの「怖かったけど笑った!」「笑い袋あったら欲しい!」という反応が殺到した。
アレ欲しいかな?そんな物好きもおるもんやな、と収録を終えた廊下でaicoはコーヒーを啜りながら思った。
――でも番組グッズにそんなんあったらおもろいかも。
確かに収録中、ディレクターさんや佐藤さんの笑い声、助かってる部分あるわ。なるほど、笑い声ってええBGMやわ。
ゴリくんのは嫌やけど。
