短編小説『窓辺で待つ姉』
——夏の午後。
窓辺に置かれたアイスコーヒーのグラスから、氷がカランと小さく音を立てる。ワタシはソファに腰を下ろし、スマホを片手に何度目かの配送状況を確認した。
『 山谷香織さまのお荷物は 近くの配送センターを出発 』
表示される文字は、まるで彼女を焦らすかのように動かない。
「もうすぐそこまで来てるはずなのに…」
実家の窓からは、遠くに穏やかな日本海が広がり、丘の斜面を下る細い道が見える。配送トラックが来ればすぐに気づく位置だ。
ワタシはアイスコーヒーを一口飲み、冷たさが喉を通るのを感じながら、ふと考える。「……もしかして、配達員さん迷ってる? この辺、細い路地多いし……田舎で小道だらけだし、ちゃんとナビに出るのかな?」
窓の外では、近所の子供たちが水鉄砲で遊び、黄色い笑い声が響く。時計の針はすでに午後三時を回っていた。ワタシは再びソファに深く沈み込み、窓の外をぼんやりと見つめる。
蝉の声、子供たちの笑い声、そして遠くで聞こえる波の音。それらが混ざり合い、ワタシの不安とは裏腹に、夏の午後の緩やかな時間を作り出していた。
「——ねえ、絶対おかしいって! 配送の人、どっかで私のこと監視してるよね?この家にライブカメラでも仕掛けてるんじゃない!?」
姉の香織の苛立った様子の声がスマホ越しに響き、アタシはベッドに寝転がりながら適当に相づちを打つ。姉の愚痴はいつも通り大げさだ。
「李香、ワタシってアイスコーヒーおかわりしてトイレ我慢してたじゃん? でもそこからもう10分だけ待とうって動画見てたら、あっという間に限界来ちゃってさ、結局トイレ行ったの。そしたら!マジでその数分の間に不在票入ってたわけ!ありえないでしょ!? 絶対どっかで『お、アイツ今トイレ立った! よっしゃ、俺玄関行くわ!』ってやってるって!」
私は天井を眺めながら、「……姉貴、それ、ただのタイミングだって。配送の人も忙しいんだから、わざわざライブカメラで監視とかするわけないじゃん」と冷静に突っ込んでみた。
だが、姉の勢いは止まらない。
「いやいや、李香、それ甘い! なんでワタシが席外した瞬間を狙うの? 何時間も待ってたのに!まあ時間指定しなかったこっちも悪いけどさ…でもね!」
姉はヒートアップしていろいろ言ってるのを聞きながら、そういえば……と、小さい頃に母親が仕事から帰ってくる姿を、あの実家の窓から二人でずっと眺めて待っていたことを思い出していた。
そう考えると、姉貴ってばあの頃からやってることが変わってないのだな、と思い、私はクスっと笑った。
「ね、ね、李香ってば聞いてる?」
「うんうん、それでそれで?」
「ワタシ流石に今日は諦めたけど、明日、再配達頼むの面倒くさくなった」
「じゃあ、次はちゃんと時間指定しなよ。ほら、姉貴いつも『まあ、いいか』って適当だからこうなるんだって。次は窓に『トイレ中、待ってて!』って張り紙でもしたら?」とからかう。
「え…それ、いいかも!」姉が急に明るくなる。
「李香ってば天才!ワタシ次、絶対それやる!」
「ちょっと、本気にしないでよ…」李香は呆れつつ笑う。
「ま、明日ちゃんとお米が届くといいね。で、今日はなんか用だった? 愚痴で終わり?」
「う、李香ってば冷たいなあ……。そうそう、お盆帰ってくるよね? 一周忌だからさ、母さんの……」
「うん……そうだね、わかってる」
「そしたらまた一緒に海外ドラマ見ようよ! あのサスペンスの続き、李香も絶対ハマるって!」
「わかった、それも織り込み済みで帰りますよー」
「うんよしよし、じゃあまた電話するねー」
「うん、またねー、ありがとー」
私は少し微笑みながら電話を切った。
——その瞬間、ピコンと通知音。
「夏休み、どっか行く?」
彼からのLINEだった。
私はスマホを手に取り、しばらく考え「よし…、いい機会かも」とつぶやき、返信を打ち始める。
「じゃあ姉貴のとこ行く?」と送った。
数分後、再びピコンと返信。
「え? お姉さんのところ…ってマジかよ! 俺、スーツ着て行った方が良いかな?」私はクスッと笑う。
「スーツ、ウケるww 両親に挨拶行くんじゃないんだからw いつものカッコでぜんぜん良いよ」そう返信を打ちながら、拓斗の緊張してる顔を想像してしまい、また笑った。
母さんが亡くなってから実家で一人で暮らしている姉。
ああ言って強がってはいるものの、正直寂しいとは思う。私一人で帰るのも良いけど、彼を連れてって紹介するのも悪くない。拓斗を連れての帰省は賑やかになりそうだ。
——窓の外では、夏の夕暮れが静かに広がる。
姉の声がまだ耳に残っていた私は、実家の窓から二人で見ていた、母さんが帰ってくるあの夕暮れの風景を思い出していた。
私たちがお盆に帰る時も、きっと姉はそこで待っていてくれるのだろう。

