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掌編小説『波とこんにちは』

 四歳になる息子が幼稚園で英語を教わっているらしい。簡単な単語などだが、生活の中でそれらしい英語を見つけると反応するようになった。

 先週の土曜日、スーパーの青果コーナーで息子は突然立ち止まった。
「ママ、Apple!」
 大きな声で叫んで、赤いリンゴを指差す。私は思わず笑った。
「そうだね、appleだよ」
 息子は満足そうに頷き、次にバナナの山に向かった。
「これはBanana!」
 周りのおばさんが微笑ましそうに息子を見ていた。私は少し照れながら頭を下げた。家に帰ってからもそれは続いた。
冷蔵庫を開けると「Milk!」
お風呂でボディソープの泡を立てて「Bubble!」

 息子は、まるで新しいおもちゃを見つけたみたいに、毎日新しい単語を拾ってくる。幼稚園の先生に聞くと週二回、若いアメリカ人の女性が来て英語の時間があるらしい。
 とはいえ、内容は一緒に歌を歌ったり、絵本を読んだり、簡単なゲームをしたりするものだった。

「無理に勉強させるんじゃなくて、楽しい時間にしているんですよ」と先生は言った。それが功を奏したのだろう。息子は今、英語を「遊び」の延長として捉えているようだった。

 そんなある夜、テレビでニュースを見ていた私の隣にいた息子が、不思議な顔をして聞いてきた。
「ねえママ、ハローはこんにちはだよね?」
「え?……そうだね、でも今はもう夜だからハローは言わないかもね」
「ううん、それじゃなくてさ」
息子はテレビを指差した。

「ハロー注意報ってなに? こんにちはをしちゃいけないの?」
私は思わず噴き出した。
「そっか、そう聞こえるもんね。それは『波浪』ってちょっと難しい漢字で書くの。えっとね……風で海面や水面に発生する波のことかな。風が強くなるとその波浪が高くなって、船とか泳ぐ人とか危ないでしょ? その注意報ってことだね」

「そっか、helloじゃないんだ……」
 息子は少し納得したような表情を見せると、また読んでいた絵本に見入っていた。

——数日後、近所の海浜公園に連れて行ったときのことだった。
 その日は風が少し強くて、白い波が浜に打ち寄せていた。息子はその様子に目をキラキラさせながら叫んだ。
「ママ! Hello wave! 注意報だよ!」
 そして自身で大笑いしながら、私の手を引っ張って走り出した。
「そうだね。でも危ないから、離れて見ようね!」
 私は息子の小さな手を握りしめながら、胸がいっぱいになった。

 四歳の頭の中では、世界はまだ全部つながっていない。
「Hello」と「波浪」と「注意」が、同じ音で不思議に結びついているのだろう。でも、それでいい。

 間違えながら、驚きながら、世界の断片を少しずつ繋ぎ合わせていく。それが、言葉を覚えるということなのだ——


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