生きる意味って、何。
哲学的な、何か。
自分にとっての生きる意味ってなんだろう、は昔から時々考えるテーマでもある。
もはやあんまりない気もしている。児戯みたいなもんだな、というのも思っている。
たまたまXのスペースで話していた時にそういう話が話題に一瞬だけ挙がった。
自分の生きる意味。
最近の生きる意味は、何となく自分が成長できていると感じたい、ただそれだけ。
自分で自分を心から認められる日が来て欲しい、それ以上でもそれ以下でもない。
自分の中に巣食う醜悪で不完全な完璧主義を、心から責めずに穏やかに受け入れられる時が最早人生の終着点かもしれない。
多くのファクターはお仕事。でもそれ以外でも良い。
それ以外でも良いとは謳いながら、あんまりそれ以上を追い求められてはいないので、実質的には仕事のみが今の生きる理由って言っても過言ではない。
ぶっちゃけ今すぐ死んでも特に後悔はないし、死ねるならできるだけさっさと死ねた方がいいな、というのは今も昔もよく考える。積極的に死にたいというほどの欲はないが、積極的に生きたいというほどの希望は抱えていないし、どちらかというと積極的に生きてしんどい思いをするならさっさと死んだ方が好ましいしパフォーマンスが良い、と考えるような死生観だ。
どうせ一度死んだようなものだし、今更死んだとて自分としては何も問題はない。生きながらえながらしんどい思いをし続ける方が余程苦しい。
でもそろそろこの成長マインド的なものにも疲れてきていて、もっと堕落してもっと楽に生きてもいいし、もはや生きる事を放棄してもいいのかなとしばし考えたりもする。成長には終わりがないし、終わりがないものを追うのは辛い。
何者かでありたい気持ちは変わらないし、何者かになりたい気持ちもきっと変わらない。でも何かしらの役職などについても結局何者かになったと自分は実感しないんだろうな、と感じている。
何者かは結局ないものねだりの架空の存在しえない理想でしかない。
追求の苦悩と同時に追求以外があまり楽しくないのも自分にとっては事実で。
結局は泥のような飢えや渇きを一生抱え続けながら死ぬんだろうな、と思う。
人生、楽しいかなあ。
