「自己肯定感が低い」という発言の本質
今日は自己肯定感にまつわる話です。
読んでも自己肯定感は上がらないかもしれませんが、前は向けるかもしれません。
あなたは、自分をどこまで肯定できていますか?
自己肯定感が高い、と胸を張って言えますか?
それを口に出すのは、結構難しいのではないか、と思います。
自己肯定感が高い人がそもそも多くなさそうだし、口に出して言っている人を、私はあまり見たことがない。
近年は「自己肯定感の上げ方」という題材の本やコンテンツも増えていますから、自己肯定感が低い人が多いのだと思います。ニーズがあるってことですから。
私も例に漏れず、自分で自己肯定感が高い、とは言えないです。
そんな風に、自分を認めるのはまだ早いかなと。
でも、それは決して後ろ向きな話ではなく、ある意味ポジティブな意味です。自分にはまだまだポテンシャルがあるな、と今は思えていますから。
そのように思えるようになった、あるエピソードがあります。
私には大学の学部も部活も同じだった、親友がいます。
彼も自己肯定感が低く、「自分の存在意義はあまりないかもしれない…。」なんて口に出すくらいなので、相当なものだと思います。
でも彼と話しているとき、ふと心によぎるものがありました。
「自己肯定感が低いってこと、言い訳にしてない?」
これはもちろん彼にも思いましたし、私自身にもブーメランでした。
自己肯定感が低い人の中でも、2種類いると思うんです。
自己肯定感が低いことを完全に受け入れている人
自己肯定感が今は低いけれど、どうにかして上げたい人
このうち、後者の中でも2種類いるかなと。
2-1.自己肯定感を上げるために、色々行動している人
2-2.自己肯定感を上げるための行動は特にせず、自己肯定感が低い、と周囲に発言だけしている人
…親友と私は、完全に2-2の人間だったんですね。
自己肯定感が低い、ということを言いふらしているのに、特にアクションには移さない。本当は自己肯定感を上げたいのに。
これって冷静に見ると矛盾していますよね。
結局のところ心の奥底では
自分は自己肯定感が低いから、何をやってもどうせ上手く行かないだろう。だったら行動しないで、現状維持でいこう。
こういったことを考えていた、ということに気付いたんですね。
つまり、自己肯定感が低いことを言い訳にして、行動しないための免罪符にしていたってことです。
これに気付いたとき、「あちゃー。これはアカンな」と思いました。
自分がカッコ悪い、とも思いました。
だって理想は自己肯定感が高くてガンガン行動していることなのに、その理想に向かうためのアクションは何も取っていない訳ですから。
まあ結局のところ、
自己肯定感が低いとは言いつつ、一定のプライドは持っていて、何かに挑戦することでそのプライドが傷つくことが怖かった
これが本質だったのかな、と今では思っています。
誰しも傷つくのは怖いですからね。痛いし。
でも「自己肯定感が低い」と発言している自分も別に好きではないし、そのまま停滞することも嫌だったので、ゆっくりでも進むことにしました。ホントにゆっくりと。
私自身は親友と話していて、自己肯定感が低い発言の裏側に気付けて良かったと思っています。
もしあなたにとって、何かの参考になれば幸いです。
「自己肯定感が低い」と発言するだけじゃ、何も変わらないよ。
灰色研究員みたいに、「キリっ」としないとね。

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