〜するべき思考の本質
あなたは「〜するべき」とついつい語尾に付けてしまうこと、ありませんか?
今日はその語尾を付けてしまう心理の話です。
ちなみに「〜すべき」という語尾が付くケースは2種類あって
〜するべきでしょ、と他者に向かって言う場合
〜するべき、と自分に言い聞かせて行動を決定する場合
これらがあります。今回取り上げるのは、後者の自分に言い聞かせる場合です。前者の話もどこかでしたいと思っています。
さてこの〜するべき、という思考で自分の行動を決定するケース、やりがちだと思うんですよね。他の言い方でも同じようなものがたくさんあって
〜した方がいい
〜しなきゃいけない
〜するのが当然
こんな感じです。私も過去にこの思考でたくさん行動してきたし、今でもたまにやってしまいます。あなたの日常にもきっと潜んでいると思います。
そしてこの思考様式について、問題提起したいわけです。薄々気付いている方もいらっしゃると思いますが、この〜するべき思考の本質、残念なことに
あなたの意志は入っていません。
もし「えっ?」と思ったそこのあなた、ぜひこの先も読み進めてください。きっとお役に立てると思います。
本題に戻りますが、
〜するべき
〜した方がいい
〜しなきゃいけない
〜するのが当然
これらの語尾が付く意見に共通していることって何だと思います?
それは
何かしらの判断軸に基づいて、意志決定が促されている
これだと考えています。例を挙げると
毎日お風呂に入るべき
運動はした方がいい
甘いものは控えるのが当然
とかになります。これらはわかりやすいですよね、健康に良いという判断軸が見えるので。つまりこの〜するべき思考には
自分ではない第三者ならこうするだろう、という俯瞰が入っていて、一人称の意見ではない
ってことです。きっとみんなもそうする、だから私もそうするんだ、という考えが内には潜んでいる。
もちろん、それが全て悪いと言うつもりはありません。人間は社会的動物なので、他者に合わせていく動きも必ず必要です。1人では生きていけませんからね。でも問題なのは、
合わせた方がいいことと、合わせる必要がないことの区別がつきにくい、
ってことです。何故かというと、社会一般にはそうだろう、ということが判断軸になっているからです。例を挙げると
大学にはいくべきだ
大きな企業に就職して、安定を求めた方がいい
結婚はしなきゃいけない
こんなところです。確かに世間一般はそうかもしれませんが、あなたにもそれがマッチするとは限らないですからね。でも日常にはこういったことが山のように潜んでいます。そしてこの〜する
べき思考で動く一番の問題は
自分で決めたのにやらされ感が出る、という謎な状況になる...。
ということです。面白いですよね、自分で決めたつもりなのにやらされ感が出る、どういうことだって話です。でも私にも経験があります…。
筋トレが嫌いなのに、ジムに行った方がいいかなと思い、ジムに通ったことがありました。全然楽しくなかったです…。自分で決めたのにやりきれないのか…と自己嫌悪に陥ってましたね。でも冷静に考えると、自分の意見でジムに行ってた訳ではなかったのです。ジムに行って運動した方がいい、という通説に支配されていた訳ですね。
人間のストレスの大きな要因として、自分の行動を自分でコントロールできていない状況、これがあることご存じですか?
もうお分かりですね。〜するべき思考、取扱い注意なんです。自分でストレス要因を作ることになりかねない。
もしそんな〜するべき思考から抜け出したいとき、以下の問いを自分に投げるといいです。
自分のしたいことは?
本当は何がしたい?
この"~したい"という意見には、必ずあなたの意思が入ってきます。大事ですね。自分で決めるって、最初は怖いかもしれません。でもあなたの人生はあなただけのもの、他の誰のものでもありませんから。ちょっぴり勇気を出して、日常に「〜したい」思考、取り入れていきましょ。
猫は何にも縛られません。〜したいでしか動かない、体現者です。〜するべき思考は持ち合わせていないでしょうね(笑)。
行きたいとこには行くし、寝たいとこで練る。それが例え洗濯機の中であっても…。
*普段は入ることができないようにしてます。

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