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中途半端な思想を愛する

SNSやニュースを見ていると、人ってすぐに「0か1か」、「白か黒か」という話にしてしまいがちだなぁ、というのを良く感じます。

例えば、

「会社を辞めて独立するのが正しい」vs「会社員として安定を求めるのが正しい」

「結婚して幸せ」vs「独身が幸せ」

「キノコの山」vs「タケノコの里」

こんな感じ。


もちろん私もそういった考え方になることも多いです。


しかし、そもそも真反対の意見が存在している時点で、どちらが正しいとか間違っているとか、一概には決めれないんじゃない?とも思うわけです。
人それぞれで置かれている状況も異なりますし、解はケースバイケースなのではないかと。


そもそも論として、人間の意志決定ってとっても非合理的なんです。それを解説してくれているのが行動経済学でして、以下の記事でちょこっと解説しているので、よければ。


前提として、人間の認知は単純化して物事を捉えようとします。生物学的見地から、その方が省エネになるので。認知的経済性(cognitive economy)と言うそうですよ。



結局何が言いたいかというと、世の中白黒はっきりつけることができない、むしろそんなものは少ないのではないか、ということです。

その一つの良い例になるかなと思いましたので、ある思考トレーニングをしてみました。


テーマは「占いは意味がない」

賛成
・占いなんて詐欺師がやるもの。
・テレビに出る人はよく当てていると言われるが、事前に合わせているだろう。テレビなんてエンタメなんだから、台本ありき。
・科学的根拠もないし、そもそも信じるための拠り所がない。どうやって信じればいいのかよくわからない。
・占いは統計学だよ〜と言う人もいるが、統計学を軽く見ているのではないかと感じてしまう。占い師で統計学をきっちり学んでいる人なんてほとんどいないのではないか。そもそも学んでいるなら、「統計学的には〜」と発言しろ。
・占い師の発言を抽象化すると、それって誰にでも当てはまることじゃない?となる。別に個人にパーソナライズされたものではない。
・人の認知はそもそもかなり偏りがあるので、99%外れていても1%の大当たりがあると発言全体を肯定的に見てしまう。その結果、「占いって当たるよね」という肯定的発言が生まれていると思われる。
・そもそも論として、人生は自分で切り拓くものであって、他人に委ねるものではない。占い師の身勝手でテキトーな発言に人生を左右されるのかと思うと、ゾッとする。


反対
・占いの2023年の国内市場規模は約1,000億円。つまりそれだけの需要、ニーズがあると言うこと。
・占いにこれだけのお金が払われている、つまり占いは価値を提供していることになる。占いによって心が楽になっている人もたくさんいるだろう。
・全ての事象が科学的に説明できるというのは傲慢な思想。科学ではどうしても説明できないことなんて山ほどある。科学で説明できないから信じる価値がない、というのも極端な思想。
・逆に説明できない余白を楽しむ、という思想もアリではないか。全てが説明できて納得できる世の中だと、結果の予測が簡単にできてしまうので、ワクワクしなくなってしまう。
・占いでこんなこと言われたからこうしてます、って人はあまりいない気もする。少なくとも出会ったことがない。つまり占いを受けても2,3日で結果を忘れている説。つまり単なる娯楽。
・自分の人生は自分で切り拓くもの。だけれども自分でコントロールできることなんてたかがしれている。運要素はかなり絡んでいるとも思うし、占いでなくとも何かしらの不思議な力が働いている可能性だってある。



こうやって真反対の意見を述べてみると、面白いですよね。
客観と主観、事実と意見がごちゃ混ぜになっているけれど。


でもね、結局こんなものなんですよ、どの事象に対する捉え方なんて。

自分の意見に自信を持っているのは良いことだと思います。素敵ですよね。
でも自分と異なる意見を強く否定しても、あまり有益ではないかもしれません。色々見落としているかもしれませんからね。


もしあなたが何か極端な思想をお持ちでしたら、遊び感覚で真反対の思考トレーニングをやってみてはいかがでしょうか。
何かみえてくるかも

中途半端な思想を愛していきましょう。



ここまで読んでいただきありがとうございます。今後も書き続けていきますので、「♡」や「フォロー」をしていただけますと大変嬉しいです。

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