【都蘭山居手帖】崩れかけた廃屋へ:私を魅了した、都蘭の山道の気配
集落の狭い路地を抜け、すぐに急勾配の坂を登り始める。鬱蒼とした雑木林を縫うように、山道は右へ左へと曲がりくねり、路面には苔の痕跡が斑に残っている。蔡医師がギアを落としてアクセルを踏み込むと、ジープが唸りを上げて山道に咆哮を響かせた。四、五回ほど急カーブをやり過ごすと、外の世界は一転して静寂に包まれた。海を揺るがす狂風と波濤の轟音は、瞬時にかき消えた。頭上を覆う枝葉が空を隠し、薄暗い樹影の中を山道が上へと伸びていく。木漏れ日が斑点となって地面に散らばる様は、まるで迷幻な夢の入り口へと足を踏み入れたかのようだった。
小道は山林を縫うように、険しい勾配をうねりながら続いていく。平坦な場所など、どこにもない。百八十度のヘアピンカーブでは、三速から二速へと頻繁にシフトダウンし、三十度を超える急坂に差し掛かれば、迷わず一速へ叩き込んでアクセルを踏み込み、力任せに駆け上がる。
数百メートルの雑木林を抜けると、目の前にはヤシの木が群生する谷が開けた。青い空に緑の梢が突き抜け、まるで南国の島を彷徨っているかのような、日常から隔絶された異国情緒に、意識が静かに溶けていく。
なぜだろうか。初めてこの道を走った時から、胸の内に不思議な高揚感が宿っていた。曲がりくねった山道が孕む、あの薄暗くロマンチックな気配に、いつの間にか魅せられていたのだ。角を曲がるたびに思いがけない絶景と出逢う——そんな予期せぬ美しさが、この道の至る所に隠されていた。
わずか三キロの道のりで、標高二、三百メートルの丘の上へと一気に駆け上がる。稜線から見下ろせば、山裾の彼方には都蘭湾が広がり、海上では北風が白い波濤を激しく逆巻かせていた。だが、この山上は驚くほど穏やかで、風の気配すらない。意外であり、驚きであり、そしてどこか妖艶ですらあった……。それは私の人生において、最も幻想的でロマンチックな旅路だった。
蔡医師が路肩に車を止め、路傍の農舎を指さした。「ここにもう一棟、その先にも一棟ある」。百メートルほど先に、荒れ草の中でひっそりと佇む農舎が見えた。
近づいてみると、鉄製のシャッターは錆びつき、窓ガラスは割れ、屋内には黄色い泥が厚く堆積していた。崩れかけたシャッターに手をかけると、音もなく外れて倒れ込んだ。一歩中へ踏み入れると、カビと腐朽の混じった臭いが鼻をつく。長らく放棄されていたことが一目で分かった。
奥の小部屋へ向かうと、床は泥に覆われ、見上げれば屋根の瓦が剥がれ落ち、そこから無遠慮に陽光が射し込んでいた。裏手に回ってみると、農舎の左壁は半分が土砂に埋もれ、軒先も土に呑み込まれ、かろうじて屋根の端がのぞいているだけだった。かつて背後の斜面から土石流が襲い、窓枠まで土砂が流入したのだろう。
その時、脳裏を一つの懸念がよぎった。「果たして、ここで人が暮らせるのだろうか」
農舎の背後の斜面をよじ登ると、山肌に無数の巨石がそびえ立っていた。岩の上に立ち、遥か太平洋と緑島を見渡す。風景は美しく、視野はどこまでも広がっていた。その瞬間、不思議な感覚が胸を衝いた。見知らぬ場所であるはずなのに、どこか懐かしく、既視感すら覚えるほどの親しみ。
【著者より・編集後記】 本文は、私の著作『意外的旅程:都蘭農舍山居歳月』(2018年増補版)より抜粋したものです。ここに描いたのは、1999年12月、都蘭で初めて土石流に呑み込まれたこの農舎と邂逅した瞬間の情景です。それは単なる内見ではなく、私の漂泊の人生において「居場所」を求めるための、最もロマンチックな賭けでした。
2026年、この二十年にわたる山居の日々を日本語へと翻訳し、Rakuten Kobo および Amazon Kindle にて出版いたします。この「思いがけない旅」の物語に興味を持たれた方は、ぜひ私の Note をフォローして、出版の最新情報をお待ちいただけますと幸いです。
