【創作大賞2026】夢を現実に変える儀式:工具も持てなかった私が、都蘭の荒野で「家」を縫い合わせた六週間
翌日、友人の「トサ」を伴い、再び現場へ向かった。どう農舎を整えるべきか。家を修繕した経験も、農舎で暮らした記憶もない私にとって、何から手を付けるべきか見当もつかなかった。ちょうど台東をぶらついていたトサは、田舎での家屋修繕に慣れており、頼もしい助っ人となってくれた。
彼は建物の周囲を細かく観察し、メジャーを片手に平面図を描き、修繕箇所を次々と書き出していく。私はその横で部屋の配置や用途を構想した。必要な材料や塗料、工具を何にするか。修繕の段取りを練る作業は、夢を現実に変える最初の儀式のようだった。
六週間で修繕を終えて入居するためには、事前の綿密な工程管理が欠かせない。進捗を追いかける日々は、週末も平日もなく忙しなかった。しかし、何より厄介なのは、常に予想外のトラブルが待ち受けていることだ。予定調和など許さない突発的な問題が次々と割り込み、その場で解決策を編み出すしかなかった。
工事に着手して最初の難関は、台所の井戸が干上がっていたことだった。家主は「水が出る」と言っていたが、実際は一滴も汲み上げられない。モーターを空回りさせても、ホースからは何も出てこない。井戸の蓋を開けて覗き込むと、そこは無情なほど空っぽだった。
私はすぐさま隣の区長(隣長)のもとへ走り、事情を説明した。山の湧き水を通している彼の水道管から、少しだけ分水させてもらえないかと頼み込んだのだ。生活用水としてしか使わないこと、農地への灌漑には一切回さないことを約束すると、彼は快く承諾してくれた。
彼は自ら山を登り、水路まで案内してくれた。パイプをどう引き込むか、他人の農地や作業道をいかに避けるべきか。耕運機や重機に踏みつぶされないよう、山溝や崖壁に沿わせる配管のコツ、そして将来的なメンテナンスを見据えた巡回経路の確保まで、彼は惜しみなく知恵を授けてくれた。
人生で一度も配管に触れたことのなかった私が、入居二日目にしてパイプの接続を学ぶことになった。継手(つぎて)のサイズやバルブの仕組み、水タンクの配置に配管のルート設計。何一つとして知らなかった知識を、ゼロから手探りで学んでいくのは新鮮な驚きだった。とはいえ、経験もなければ道具の扱いも覚束ない。あれが足りない、これが違うと、資材を求めて金物屋と現場を往復する羽目になった。山積みされた工具や資材の海を前に、大都会の迷子のように立ち尽くすことも一度や二度ではなかった。
三日も経つと、現場仕事の鉄則が身についた。道具は使ったら即座に定位置へ戻す。そうしなければ、必要な時に必ず見つからないからだ。配管の部材は少し余分に買っておく。作業の途中で材料が切れ、市街地まで二時間の往復を強いられるのは、進捗を妨げるだけでなく、積み上げてきた作業の気力まで削いでしまう。
助っ人のトサは、驚くほど自由奔放な男だった。私が市街地へ買い出しに出るたび、彼は決まって姿を消す。近所の人と世間話をしたり、山林の中をあちこち歩き回ったり。私が現場を離れた隙に、彼は風のようにどこかへ行ってしまうのだ。
だが、一生の中で一度も鍬(くわ)を握ったこともなく、スパナやノコギリさえ持ったことのない私にとって、作業を導いてくれる友人の存在は、それだけで掛け替えのない幸運だった。トサの気ままさなど、取るに足らないことだ。
農舎の修繕には、やはり二人の手が欠かせない。重量物を運ぶにも、工具を支え合ったり材料を手渡したりするにも、二人なら作業はスムーズに進む。初めてのDIYによる農舎修繕。誰かが隣で手伝ってくれている。その事実だけで、私は十分すぎるほど恵まれていたのだ。
