【創作大賞2026】山へ逃げ込むという「隠遁の論理」:重機と泥と、崖っぷちの巨大岩塊
ユンボが現場に入ると、工事は一気に加速した。屋側や背後に堆積していた泥土を瞬く間に掘り起こし、トラックへと積み込む。森の端から斜面の下へと土を棄てる作業を繰り返した。
初日は瘋明が近所の知人を手配していたが、二日目には私も運転を覚え、泥土の運搬を買って出た。彼が操るユンボの呼吸に合わせ、古びたトラックを駆る。往復を重ねるごとに、二人の動きは滑らかに同調していった。休息時には木陰に座り込み、檳榔を噛み、保力達を喉に流し込みながら、たわいのない冗談を交わす。
瘋明がふと尋ねてくる。「なあ、あんた何しにここへ来たんだ? 夜逃げか? 借金取りから隠れてるのか? 女房に逃げられたか、それとも自分から逃げてきたのか? ここで本を書くなんて、本当の話かよ。一体どんな本だ? ……実は俺も文学は好きなんだぜ。中学の頃は瓊瑤(チォンヤオ)の恋愛小説に夢中だった。あんたの書いた本、今度貸してくれよ」
通りがかりの農家たちも、バイクを停めては私を囲む。彼らの関心は尽きない。「都会の人間がなぜ山へ? なぜあんな古い農舎に住む? しかも、かつて土石流に呑まれた因縁の家をわざわざ選ぶとは。一体、何のために来たのか?」
彼らの疑念には歴史的な背景がある。日本統治時代から、徴兵や借金、あるいは裏社会の恩讐を逃れ、人々は台東の山中へ身を隠してきた。戦後もまた、荒野を切り拓いて生きる道を求めて、多くの者がこの地へ流れ着いた。一九五九年の「八七水災」以降の避難者や、シトロネラ油の熱潮に沸いた開墾者たち。台東には「山へ逃げ込むことは、すなわち人生の再起を賭けた隠遁である」という百年続く移民の論理がある。
私は冗談めかして答えた。「女房から逃げて、ここに隠れているのさ」 瘋明は面白そうに首を振る。「マジかよ! そりゃあ逃婚か、情愛の借金で追われてきたな。あんたの面構え、ヤクザの逃亡犯には見えねえからな。きっと台東まで流れ着くほどの、切ない恋の忘れ形見ってところだろう?」
屋側の泥を掘り起こし、裏手へと通じる道を拓く。古びたトラックを十数回往復させ、運び出した土は家の前の池をほぼ埋め尽くした。作業を終えてふと考える。あの当初、私はなぜ「自分の手で掘ろう」などと愚かな判断をしたのか。トラック十台分もの土を、一体何日かけて掘り起こすつもりだったのか。地元の農民ですらユンボを頼るような重労働を、己の無知ゆえに甘く見ていた。まさに、天を知らぬ者の無謀というほかない。
屋側の泥を除去し、空き地を広げたとき、斜面を見上げて背筋が凍った。自動車ほどもある巨大な岩塊が、家の壁からわずか五メートル、屋根よりも高い位置に鎮座している。もし地震で土砂崩れが起きれば、この岩は農舎を直撃し、私のベッドごとすべてを押し潰すだろう。瘋明と二人、呆然と岩を見上げた。彼もまた、その危険性を察したのか表情を引き締め、「これは動かさなきゃならん」と短く言った。
ユンボのエンジンが、獣のような咆哮を上げる。斜面の雑木をかき分け、道を切り開きながら岩塊へと肉薄する。瘋明はアームを駆使して岩を押し、引き、揺さぶるが、大岩は微動だにしない。痺れを切らしたのか、彼は奇策に出た。岩にアームを深く食い込ませ、重機の後部を四十度ほど跳ね上げる。自重とテコの原理を総動員して岩をこじ開けようとするが、岩は頑として動かなかった。
瘋明は振り返って私に悪戯っぽい笑みを浮かべると、さらにエンジンを限界まで絞り出す。車体は今にも解体せんばかりに激しく震え、咆哮は悲鳴にも似た高音に変わる。私は慌てて距離を取った。重機が空中分解し、鋼鉄の破片やボルトが凶器となって飛んでくるのではないかと、本気で恐れたからだ。
#創作大賞2026
#ノンフィクション部門
#台湾
#田舎暮らし
#移住 (移居) #ドキュメンタリー
#土地の歴史
#人間ドラマ
#『途中で飛び降りたタンゴとチャチャ』
――私の台湾農舎生活
#都蘭山居手帖 :泥と風、そして漂泊の記憶
#江冠明 |台湾の記憶と風土の記
▼ 本作は「創作大賞2026(ノンフィクション部門)」応募作品です。 台湾・都蘭の荒野で、泥と格闘し、漂流木を拾い集め、時に地元職人の「瘋明(フォンミン)」と共に重機を操る——。そんな名もなき労働と日常の細部から手に入れたのは、「世界を自分自身の手で建て直す術」でした。 一台の菜刀と弱火の哲学とともに、都蘭の山林から発信する、生命と素材をめぐる「引き算の暮らし」の記録を連載でお届けしています。
