名前が残らず、写真が残った男の話(バズ・オルドリン)
いきなりだが、この写真の人物の名前は分かるだろうか?

写真にピンと来る人がいたら、きっとニール・アームストロングと答えるに違いない。アポロ11号で月に着陸し、人類史上初の月面着陸者となった男だ。
しかし、これは不正解である。この写真の人物はアームストロングではない。彼と一緒に月に着陸し、二番目の月面着陸者となったバズ・オルドリンだ。
人類史の栄誉の影には「二番手の男」の苦悩があった。しかし、この写真から読み取れるのはそれだけだろうか?
20世紀最大の出来事は何か?といったときに回答は人によって分かれると思う。二度の世界大戦やベルリンの壁崩壊は象徴的だろう。ただ、科学技術部門という点では筆者としてはアポロ11号の月着陸を挙げたい。ライト兄弟の初飛行からわずか66年で人類は月に行ってしまったのだ。空を飛んだ生物はいるが、月まで言った生物は存在しない。やはり、これは人類の科学技術の発展という点では目覚ましいものだと思う。コロンブスの新大陸「発見」を更に上回る、文明の勝利だろう。
ところで、史上始めて月に降り立った人物、ニール・アームストロングの名前はよく知られている。しかし、2番目に降り立った人物であるバズ・オルドリンの名前は世間に知られていない。某民主党議員ではないが、二番ではダメなのだ。世界では一番ばかりが突出して知られており、二番目は無名になってしまう。オルドリン自身も自分が二番目であることに強烈なコンプレックスを抱いており、うつ病になっていた時期もあるようだ。
オルドリンが二番目になった理由は簡単だ。アームストロングのほうが年次が上だったからである。年功序列が強い企業にいる人なら分かると思うが、年次というのは絶対である。どちらかが優先になるとなった時、軍人ならば年次が上の人間に迷わず椅子を差し出すだろう。団結力の強い組織とはそういうものだ。実際のオルドリンは相当文句を言っていたようだが、結局NASAが先に着陸するように選んだのはアームストロングであった。
似たような事例で異なった結果となることもある。世界初のエベレスト登頂はイギリス人のエドモンド・ヒラリーとシェルパのテンジン・ノルゲイとされる。どちらが先というわけではなく、両者が世界初という扱いだ。きっと最後は二人で栄誉を分け合ったのだろう。
筆者は「ハリー・ポッターと炎のゴブレット」の決勝戦のシーンを思い出す。ハリーとセドリックは競争相手だったが、迷路を抜ける間に協力しあうことになった。そして、2人だったからこそゴールにたどり着けたという実感があった。だから、最後は優勝カップを同時に取ったのである。
アポロ宇宙船は船外に出るのに長時間が必要だったし、その過程は全て記録されているので、二人同時にとはいかなかった。しかし、オルドリンが人類史に残らなかったかと言うと、そうではない。アポロ11号の写真に写っているのは、オルドリンばかりだ。アームストロングを写した写真はわずかであり、通常アポロ計画の写真として取り上げられる写真はオルドリンである。

そういう観点では、オルドリンは人類史に名前こそ残せなかったものの、写真は残せたと言えるかもしれない。
本当はアームストロング船長の写真を取る予定だったそうだ。しかし、現場のゴタゴタで撮影の機会を逃し、オルドリンの写真ばかりになってしまったらしい。一応そういうことになっている。
ただ、筆者は別の可能性もあると思っている。アームストロングはもしかしたらオルドリンに密かに譲ったのではないか。アームストロングとしても、オルドリンとどちらが先に月に降り立つべきかという点は葛藤があったに違いない。自分が選ばれたことでオルドリンの機会を奪ってしまったと内心考えていてもおかしくないだろう。
我が強いほかのクルーに対し、アームストロングは控えめな人間だったらしい。口には出さないまでも、ちょっとした気遣いがあったのではないかと想像したくもなる。アームストロングにとっては月面は2人で一緒に降りた場所だったのだ。
スポーツにしても、出世にしても、ナンバーワンの栄誉を手に入れられるのは、1人だけである。競争社会はそういったシビアさがある。しかし、実際は大勢の人の協力で偉業は成り立っているはずだ。アポロ計画1つとっても、アームストロングとオルドリンが月面に着陸した背後には、月面に降りずに司令船を操縦したコリンズがおり、その他何千何万といった無名の地上スタッフがいた。そういった人たちの尽力を忘れてはいけないだろう。
もし自分が誰かと一緒に大きなことを成し遂げたとして、その栄誉を相手に譲ることができるだろうか。理想を言えば、それくらいの器量を持ちたいものである。
