『Deep Impact 』第2話
「勝負……?」
「うん、スラップ・バトルで!」
「それって、ビンタ張り合うヤツじゃ……」
「そう! 波瑠ちゃんSP300越えてたし、私といい勝負になると思うんだ!」
「はぁ……でもアレって、あたしもビンタ張られるんですよね?」
「勿論! あれ? 波瑠ちゃんはスラッパーじゃないの?」
「スラッパー? なんですかそれ」
「この競技をやってる選手の総称だよ。そっか~、波瑠ちゃんスラッパーじゃないんだ。ざぁんねん」
突然、目の前に愛之助が現れた。
「波瑠」
「うわっ!何よいきなり」
「芹沢さんとバトルしてみなよ」
「いや、流石にそれはちょっと勘弁してよ。百歩譲ってビンタ張るのはいいけど、ビンタを張られるのは……」
「なんで?」
「なんでって、絶対痛いじゃん。ヤダよ」
「相手に痛みを与えるのは平気でも、痛みを受けるのは嫌だなんて、それはあまりにも一方的……ワガママなんじゃない?」
「……は?」
何を口走ってんの、この人?
「いや、それは愛之助さんがビンタ張ってくれって頼んできたから仕方なく……」
「でもビンタ張って楽しかったでしょ? 気持ち良かったでしょ? 波瑠は叩くことが好きなんだよ。じゃなかったら、俺の頼みを断固拒否してるはずだよ」
「……う」
かなり強引な理屈で論破しようとしてるけど、愛之助にビンタ張った時、気持ち良かったのは事実だ。
「波瑠はさ、バレーやってる時、叩かれるボールの気持ち考えたことある?」
「ボールの気持ち? 考えたことすらないけど」
「俺には解るよ」
「だろうね。ビンタ大好きだもんね」
「ボール、つまりビンタを張られたキャッチャーの気持ちを知ることで、これから先、スラッパーを目指す波瑠の人生観を大きく変えるんと思うんだ」
え? あたしスラッパー目指してるの? いつから?
一方的な理由を並べ立ててくる愛之助の思考回路に戸惑う。
「波瑠ちゃん、愛之助はビンタの事になると周りが見えなくなるから気にしないで! それよりさ、軽く張るからとりあえず一戦やってみない?」
「軽く?」
「うん!」
軽くか……それならやってみてもいいかな。
(半ば強引だけど)あたしはリングに上がった。
う~、緊張するなぁ。
手汗をジャージでゴシゴシ拭っていると、愛之助に手招きされた。
あたしはリング中央に設置された台の前に立った。
スラップ・バトルは、交互にビンタを打ち合い、KO及び判定で勝敗を決める競技――
レフェリー役の愛之助(お前がやるんかい)が説明した。
パンパン!
「しゃー! んじゃあ始めよっか!」
自分の顔を叩いて気合いを入れる芹沢さん。お~い、軽くやるって言ってましたよね?
ビンタを張る順番はジャンケンで決めた。その結果、あたしが先行で張ることになった。
「波瑠ちゃん、遠慮はいらないからね」
「は……はい」
そう言われても、女の子に思いっきりビンタ張ったことないし、手加減したら愛之助みたいに何か言われそうだし。
ハァ……今日は人生初体験だらけの日だ。
あたしが傍らに置かれている白い粉を手のひらにまぶすと、芹沢さんはマウスピースを装着した。
「……いきます」
えっと、まずは手のひらを頬っぺたに添えて……い~ち、にぃ~、さんっ!
──バチッ!
あたしは勢い良く芹沢さんの左頬を張り飛ばした。
「んっ!」
芹沢さんは、上体を後方へ仰け反らせたけど、直ぐに元の位置へ体勢を戻してマウスピースを外した。
「うひょ~、すんげぇビンタ! これが現役バレー選手のスパイクかぁ……超気持ちいい!」
マジすか……芹沢さんは叩くのも、叩かれるのも好きなのかな。
ピストルポーズの愛之助は、興奮する芹沢さんとは真逆の冷静なトーンで、
「約200SP、ヒッテイングポイント3、まずまずかな」
と、分析と採点を行う。ちなみにヒッテイングポイントは5点満点らしい。
「よぉ~し、次は私の番ね!」
芹沢さんは白い粉を手にまぶし、まるで今からフライドチキンを揚げるような仕草で余分な粉を落とした。
なんか、やる気満々じゃない? 軽くって言ってたよね?
そこはかとない不安を感じながら、あたしは愛之助から手渡された新品のマウスピースを装着した。
「……う」
ゴム臭い、この感じ苦手かも。
二人の準備が終わると、愛之助は「セット」と告げた。
芹沢さんのターンが始まった。
「波瑠ちゃん」
「……ふぁい」
「歯ぁ、喰いしばって」
「ふぇ?」
ちょっと待って。
「いーち」
軽くだよね?
「にぃー」
軽くって言ったよね?
「さん!」
──ビチッ!
「ん─────!」
ダン!
え? 何が起きたの?
目の前から芹沢さんの姿が消えた――視界には彼女のスニーカーと口から飛んだマウスピースが映し出されている。
倒れた? あたし、倒されたの?
力が入らず動けない。
暫く横たわった状態でいたあたしの左頬に『ソレ』は到来した──
「痛っ……たぁあああい!」
頬っぺたが破れたかのような激痛に見舞われ、あたしはのたうち回った。
「ごめぇ~ん、波瑠ちゃんのビンタがあまりにも良かったから、つい力が入っちゃったぁ」
痛い、痛い!痛すぎる!
これがビンタ、生まれて初めて張られた、全力のビンタ。
頬っぺたどころか、顔全体が焼けたようにジンジンする。
大丈夫コレ? 血、出てない?
手のひらで押さえても激痛は全然引かない。むしろ時間が経つにつれて痛みはどんどん増していく。
「波瑠、大丈夫?」
愛之助が側に来てあたしの顔を覗き込んできた。
「大丈夫じゃない! 顔近い! そんなに近くで見ないで!」
「大丈夫そうだね」
「どこ見て言ってんのよ!?」
立ち上がって再び芹沢さんと向き合うと、彼女は「今ポイントどんな感じ?」と愛之助に訊いた。
「芹沢さんが6ポイント、波瑠が4ポイントかな」
「よしよし、優勢だね!」
「……あの」
「なぁに?」
「軽くって言いましたよね?」
なんか──
「ごめんごめん! でもさ、今のビンタ耐えられたんだからぁ、本気で張り合おうよ、ね?」
段々腹が立ってきた。
「わかりました。いいですよ」
全然痛みが引かないし、コレ、明日の朝絶対顔パンパンに腫れるよね? 学校行けないじゃん。
「セット」
お母さんにもビンタなんて張られたことないのに……。
「芹沢さん」
「ひゃい?」
もうあんな痛いビンタ張られたくない。
なら──
「歯……喰いしばってもらえますか?」
このビンタで、張っ倒すしかない。
「始め」
「いーち……」
バレーの試合を思い出せ。トスが上がって、跳ぶ、そしてボールの中心を思いきり──
「にぃー」
ぶっ叩く!
──ヴァッチイイィィン!
「──ぶぎゅ!」
渾身の力を手のひらに込めて、芹沢さんにスパイクビンタを炸裂させた。
彼女は後方へ思いきり仰け反り、そのままマットへ横倒しになった。
「よっしゃああ!」
あたしは右拳を高らかに真上に挙げてガッツポーズを決めた。
あぁ……この感覚、スパイクを決めたこの感覚、久しぶりだ。
「……ハッ!」
我に返って倒れた芹沢さんに視線を向けた。
「だっ、大丈夫ですか!?」
彼女は白目を向いてピクリとも動かない。
口から泡吹いてるし、左の頬っぺたにはあたしの手形がくっきりと赤く浮かびあがっている。
や……やっちゃった。
アタフタしていると、愛之助が彼女の状態を確認し始めた。
「凄いな……こんな手形初めて見た。今のビンタは多分推定で400SPは遥かに越えてる。ヘビー級の選手以上のビンタだ。名付けるなら、『マグナム・ビンタ』ってとこかな」
「おおぉーい! 芹沢さんの心配をしろぉ──────!」
