5/26 ぽえ……?ぽえ!ぽえぽえ〜!(ポエトリーリーディングが好きです。と言っている)
ポエトリーリーディングが好きです。現状、音楽ジャンルとしての''ポエトリー''という言葉が指すのは、音楽に合わせて詩の朗読をするものと、朗読に近い形でラップをする''ポエトリーラップ''の二つあるかと思いますが、どちらも好きです。
今日は何曲か好きなポエトリーを紹介させていただければと思います。
1曲目『死ねというのだ。/アメリカ民謡研究会』
《景色はいつも、私が目を離した隙にいなくなる。
それはいつの間にか名前を変えたお花屋さんや、
玄関をゴミで埋めることにした床屋さん。
愛しいものは脳みその中身ばかりになって。
私はこうして、ゆっくり世界から剥がされてゆく。》
ポエトリーリーディングは詩とメロディが独立しているので言葉を直接感じ取りやすくて好きなのですが、その中でもアメリカ民謡研究会など合成音声を用いて作られた曲はさらに意味が直接的に伝わってきやすいと感じます。読み手に意思が存在しないので、言葉が脳に溶け込むのに早さがあって嬉しい。
『死ねというのだ』で歌われているのは人間の生活だと思っています。例えば休日の昼下がりに出向いた商店街で、自分だけが雑踏の騒がしさについていけないような感覚。自分だけが''生活''と呼ばれるものに取り残されている感覚を知っている人にとっての''生活''という言葉は、能動的な意味を含みます。
お花屋さんが名前を変えたり、床屋さんが軒先をゴミで埋めることにしたり、ままならなさの結果が主体性として処理されるなら、''生活''というものに取り残されていった結果我々が今いる場所も同じように自分で選んでたどり着いた場所であり、そこもまた''生活''と呼ばれるのでしょう。その穏やかな歪さを描いた曲だと思っています。
しかし、合成音声に生活は無いはずです。この曲で歌われているような光も歪さも、生活の実感と呼べるものを何一つとして彼女たちは持ち合わせていないのに、その声を聴いた私たちは真っ先に自らの実感でもって思うことが出来る。それはやはり、一切の意味を付随させない合成音声の特質なのでしょうか。
また、今日の日記でポエトリーリーディングについて書こうと思ったきっかけとして、このアメリカ民謡研究会の楽曲が好きなVTuberの方にカバーされていたからという理由があります。
人口音声の透明で新しい楽器としての美しさとはまた少し違う、拭いきれない望みを掬いとるような出力の仕方がとても良かったので、そちらのカバーの方も是非。
2曲目『Pellicule/不可思議wonderboy』
《だから今日は戻らない日々を思い出して笑おう
今日だけ、今日だけは思い出して笑おう
こういうのってあんまり格好良くはないけど
初めから俺達は格好良くなんてないしな》
不可思議/wonderboyは言わずと知れたポエトリーラップの代表、また、''死んで伝説''という言葉が一番使われた人間だと個人的に思っています。
24歳という若さで亡くなった彼の歌には、彼自身の人生そのものを物語化し意味として付属させてしまうという聴き手のエゴがどうしても付き纏います。『Pellicule』も、死別ではないにしろ二度と戻って来なくなってしまった友達へ向けられた曲です。
この曲を聴いた人が思うのは、そんなふうに生きた作者自身がもういないということ。それは不可思議本人の望むところではないかもしれませんが、しかしそれこそがこの曲を完成させてしまったのではないかと思うのです。一つの人生が固定され、化石のように不滅の価値を持ってしまった形でしょうか。もちろん彼がまだ生きていたら素晴らしいアーティストになっていたであろうことは念頭に置いたうえで、それでも、生きた人間の詩情は死んだ人間の人生には敵わない。
私はこの曲を聴くと、『銀河鉄道の夜』のことを思い出します。それは別に不可思議が同名の曲を出しているからではなくて、聴いたあとの感覚があの作品のラストと似ているからです。
『銀河鉄道の夜』のラストでジョバンニはカムパネルラが死んだことをドキドキする胸で受け止めながら、それでも、お母さんに牛乳を届けるために去っていく。生活に戻ったのです。
私たちもこの曲を聴いている間はもういない彼や別の誰かことを思い、それでもそれが終わったら生きている自分のことを考えなくてはならない。
それは寂しいことではありますが、それこそが生の肯定であるとも言えないでしょうか。
そういった(生きている人間が勝手に抱いた)前向きな寂しさも含めて、彼の曲が好きです。
不可思議/wonderboyの曲は全てそういった言外の意味が付随するという点で、一曲目に紹介したアメリカ民謡研究会の曲とは真逆と言えるかもしれません。
言葉の意味以外の意味を持たないことで透明な美しさを持った曲と、言葉以外の意味が言葉を上回りそれ自体が一個の精神性としての価値を持った曲。
二つの色の違いはそのまま、ポエトリーというジャンルの幅広さを表しているように思います。
二つ紹介した時点で2000文字を超えてしまったので、続きは明日以降の日記で紹介したいと思います。
