「テントサイトの中心で○を叫ぶ」エピソード教師編
教師2年目は、持ち上がりの5年生担任
5月に運動会を終えると、6月は『宿泊研修』(地域によっては『林間学校』という名称)を実施する
『◯◯青少年自然の家』に3泊4日という過酷な日程😩(普通は1泊2日)
今思うと、こんな普通では考えられない日程なのは、当時の校長先生が【国立青少年交流の家所長】から転勤して来たためだと納得できる
登山、ウォークラリー、焼き板工作、飯盒炊爨、ナイトハイク、テント設営・撤去、キャンプファイヤー等
やることが盛りだくさん
若かったので『上手に手を抜く』ことを知らず、『全力』で指導にあたる😅
1泊目は宿泊棟泊で、2.3泊目がテント⛺️泊😫(普通は大変な⛺️泊を最初におこなう)
『陣中見舞い』で毎夜、他学年の先生たちが差し入れを持って来る
(この頃は、施設内での飲酒🍺が許されていた)
その日の反省会と、翌日の予定を確認しながらの🍺は最高😆
疲れとアルコールでぐっすり
とはいかない😅
私はB型なのに、枕が変わると眠れない『神経質』
ましてや夜中は、子どもたちをトイレに起こしたり、⛺️から出て遊ばないよう監視をしたりするので熟睡などできる筈がない
それでも若さで、なんとか3泊目の夜までは持ち堪えた
最終日の早朝
外が明るくなりかけ、私もウトウトしかけた
その時、
子ども数人の笑い声とテントサイトを歩く足音で、『堪忍袋の尾』がついに切れてしまう
朝の爽やかな空気を切り裂く『怒号』
『お前ら〜❗️オレを殺す気か〜‼️』
『いい加減にしろ〜💢眠らせてくれ〜💦』
『お願いだから、起床時間まで静かにしてくれ〜‼️』
と叫んでいた😅
後日子どもたちに、
「あの時先生の声は、『やまびこ』みたいにテントサイト中に響き渡っていたよ!」
と言われ、恥ずかしくなった😅
どんと晴れ
