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浮気は“本能”じゃない。“意志”だと思っている。

はじめに:アプリに漂う「軽さ」への違和感

ゲイの世界では、浮気やセックスに対するハードルが、異性愛のカップルに比べて低いように感じることがある。

もちろん、男女問わず浮気をする人はいるけれど、ゲイアプリの世界では「彼氏持ちなのに友達募集」と書かれたプロフィールが珍しくない。

でも私にはそういった感覚がどうしても理解できない。

私は若い頃から浮気をしたことが一度もない。

そう言うと「珍しいね」と言われることもある。
でも、浮気をしないことって、本来“特別”なことだろうか?

私にとっては、それは最低限の信頼関係の土台なのだ。

私が浮気をしない理由

フリーの時は、確かに体の関係に溺れたこともあった。

でもそれは、性欲というよりも「心の隙間を埋めたい」という感情からだった。

心が満たされていれば、他に誰かを求めようとは思わない。

仮に惹かれる人がいたとしても、大切な人を傷つける選択は理性で止められる。
「浮気をしない」ことは相手のためというより、自分自身への誠実さでもある。

たとえ誰にもバレなかったとしても、
“バレなきゃいい”という行動原理で動いている時点で、
自分の中にある「大切にしたい関係」はもう揺らいでしまっていると思う。

初めての裏切り─18歳の恋と自殺未遂

初めて本気で裏切られたのは、18歳の時だった。

当時付き合っていたTは、見た目がとても良く、周囲でもかなりモテていた。

でも私の好みではなかった。
ただ、その一途な情熱に心を動かされて付き合った。

2年経たないうちに、数少ない友人が教えてくれた。

「あいつ、あなたの友達とも何人か寝てるよ。もう見てられないから言うけど…」

その瞬間、彼との付き合いの中で感じていた小さな違和感がすべて繋がった。

若かった私はどうしていいか分からず、自分が壊れていくのがわかった。

気づけば、手首を切って自殺未遂をしていた。

後日、ある友人に言われた。

「死んで、誰が悲しむと思ってるの?あなたを大切に思ってる人がどれだけいるか考えたことある?」

その言葉に救われた。

それ以来、私は浮気をする人を否定こそしないけれども、どこか別の世界の人と思うようになった。

そして、同時に浮気を許してしまう関係に自分を置くことも二度としたくないと思った。

母から植え付けられた「楽しんではいけない」という呪縛

私の家庭環境も、性への向き合い方に大きな影響を与えていると思う。

母は、典型的な毒親だった。
私が少しでも楽しそうにしていると、

「いいわね、何も考えないで楽しんで。お母さんなんていつも大変なのに」

と、皮肉のように吐き捨ててきた。

そのせいで、楽しいことをしていると、どこかで「申し訳なさ」や「罪悪感」を抱くようになっていった。

思春期で体が欲していても、
「快楽=悪」「性=罪」みたいな気持ちになってしまって、
相手に触れることすら、切なさや痛みを伴うことが多かった。

だから、軽く触れ合うことができなかった。
体の関係を「気軽に持てる」人たちの感覚が、わからなかった。

心理学から見る浮気─それは“愛”ではなく“補償”なのかもしれない

心理学者エステル・ペレルは、浮気の裏には「自己価値の補償」があると語る。
つまり、誰かと関係を持つことで、「自分はまだ魅力がある」「必要とされている」と実感したい衝動だ。

特にゲイ男性の中には、自己肯定感が根本的に低い人も少なくない気がする。

見た目・若さ・性への評価など、外的な価値に翻弄されやすい環境にいるからだ。

SNSでも日々そんな人々を見かける。

自虐のように太った、痩せたいと書きながら自分の裸写真を不特定多数の見るSNSにアップしている。

本当にそう思うならアップするかな?
と私はよく感じている。

「必死に、私は大丈夫かな?」

と問いかけてるように見えて、何だか切なく感じてしまうものが多い。

話が脱線してしまったけれど、
浮気は「スリル」や「快感」だけでなく、「不安の解消」「退屈からの逃避」といった
心の空洞を埋める手段として選ばれることも多い。

でもそれは、“愛”ではなく、“補償行為”だ。
一時的に安心できたとしても、根本的な不安は何一つ癒えない。

浮気で得られるものは、何もない

浮気は誰かを傷つける。
そして、同時に、自分自身の誠実さも壊していく。

浮気をしてしまった人が「後悔している」と言う時、
その後悔は「傷つけてしまったこと」よりも、「関係が壊れたこと」や「自分の信用がなくなったこと」に向いていることが多いと思う。

信頼とは、失ったときにその重さを知るものだ。

それは、築くには時間がかかるけれど、壊れるのは一瞬だ。

私は「たった一人」と向き合いたい

少し前、大きな失恋をした私。

また少しずつでも前を向いて歩き出そう、
そう思って出会いの場に出るようになった。

でもやっぱり、アプリには「彼氏持ちだけどセフレ募集」のような、軽さが目立つ。

私は恋人ができたらアプリは削除する。
そうしてきた。

なぜなら、誤解されるような余地すら持ちたくないから。

「アプリ経由でも純粋な友達はできる」
そんな人もいるだろうけれど、

でも正直、私にはよくわからない。

少なくとも、私が大切にしたいのは、
“触れ合える誰か”じゃなくて、“信じ合える誰か”だ。

おわりに:信じること、守ること、それは「意志」だ

浮気をするかしないかは、本能ではなく意志だと思う。

たとえ欲望が湧いたとしても、それを行動に移すかどうかは、いつだって自分が選べる。

そして私は、選びたい。
自分を誇れる選択を。
誰かを大切にできる選択を。

たったひとりの人と、
笑い合いながら、静かに年を重ねていく。

そんな愛があると信じたいし、
信じる自分でいたいと思う。

終わり


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