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いつもの道にも、危険は潜んでいる

#子どもの安全を考える
危険察知能力」に関するテーマで、
小学校入学をきっかけに子ども自身が危険を察知する力を育てるためのヒントになりましたら。


子どもが一人で通う学校までの道。
たとえ家から見える距離でも、その短い道のりには、大人が見逃してしまいそうな危険が、いくつも潜んでいます。


急に飛び出してくる自転車、スマホを見ながら歩く大人、狭い道を猛スピードで通り抜ける車。

「うちの子に限って大丈夫」と思いたくなる気持ちは、親なら誰もが抱くものです。
けれど、危険は予告なしに、予想を裏切る形でやってくる。
それを、子ども自身が“少しでも察知できる力”を持っているかどうかが、生死を分ける場面もあります。


「危ない!」だけでは伝わらない

「それは危ないよ」「ダメ!」と、
私たちは日常の中でよく声をかけます。

でも、子どもはなぜ危ないのかを理解していないまま、叱られていることがあります。

たとえば、赤信号を渡ろうとしたとき。
「止まりなさい!」と強く言えば止まるかもしれない。
けれど本当に大切なのは、「なぜ赤信号では渡ってはいけないのか」を、子どもが自分で理解すること。
その理由が自分の中に腑に落ちていなければ、親が見ていないときには、渡ってしまうかもしれません。

子どもの“察知力”を育てる言葉がけ

危険を察知する力は、天性のものではないと思っています。

◎  繰り返しの言葉がけ経験によって、少しずつ育てていくものではないでしょうか。

「この角、見通し悪いから、自転車が飛び出してくるかもね」
「今日は風が強いから、工事現場の近くは気をつけよう」
「信号が青でも、車が止まらないこともあるよ。目で見て確認してね」

これらの言葉は、子どもに“危険の予兆”をイメージさせる訓練です。
現実の中に潜む“かもしれない”を、具体的な言葉で想像させることで、子どもは考えるようになります。

危険運転との距離感

交通事故の多くは、“飛び出し”と“巻き込み”でないでしょうか。
子どもは大人よりも視界が狭く、音も反響で方向がつかみにくい

だからこそ、大人が感覚的に避けられる危険も、子どもには見えていないことがあります。

「車道の近くでは遊ばない」
「道を歩くときは、壁側を歩く」
「駐車場では、止まっている車の陰から人が出てくるかもしれない」

ほんの少しの習慣が、命を守る盾になります。


通り魔は、静かに近づいてくる

最近は、登下校中の子どもが巻き込まれる事件も少なくありません。
「大人がたくさんいる場所だから大丈夫」ではなく、むしろ人混みの中でこそ狙われることがあります。

知らない人に声をかけられたとき、
「この人、なんだか変だな」と思える感覚。
それは、大人の表情や距離の取り方、声のトーンなど、微妙な変化を感じ取る力です。

そして何より、「イヤな感じがしたら、すぐ逃げてもいいんだ」と子どもが知っていること。
「逃げてもいい」ではなく、「逃げるべき」という家庭教育が必要です。


落下物・災害時の危険も“予測できる子”に

突然の強風で看板が倒れる、地震でブロック塀が崩れる。
自然災害による事故も、子どもを直撃する危険があります。

「高いところにあるものは、落ちてくるかもしれない」
「揺れたら、まず頭を守ってしゃがむ」
「ブロック塀の近くには立たない」

こうした知識を、日常の中で“身につける”のと“知っている”のとでは大違いです。

実際に「ここにいたら危ないかも」と歩きながら親が教えていくことが、いざというときの瞬時の判断につながります。


年齢によって、できることが違う

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