短編 おかしい話

子供と性行をする夢ばかりみる。僕はどこかおかしいのか、と妻に聞く。だけれど深くまで知らない結局他人の妻は大丈夫ですよ、おおよそまともですと答えるばかり。僕をわかってくれるのは第二の妻である娘しかいない。僕自身の細胞が脈打ち、血そのものの娘しか。

娘を欲しがったのは僕だった。妻は男の子を欲しがり男の子ならばこんな禁欲的でつぼみばかりの果実を貪ることもなかった。僕は夢を見たと言った。夢を見たと言えばまだ何も手をつけていないように聞こえるだろうが僕は無作法にも彼女を犯した。

僕も同じように少女の死体ばかり転がる海なきを聞いた、未熟な砂の一つ一つに情欲を燃やした。砂に空いた穴のそれぞれが僕の罪を数えるかのようで、だからといってやめる気になるわけでもなかった。

娘をはじめて愛したのは母体に命が宿ったその時だが、性的な初めては娘が初めて社会的な生活を始めた時だった。つまり小学生、初潮も来ていない少女に僕の欲望は引っ張られ、パズル、磁石が引かれ合うみたいに僕は、そうしたのだ。なんのことか、とも知らない知らされることもない実の子どもと恋人になった。

とは言っても家族らしさにいやらしさがトッピングされるだけでその関係は変わらない。まあとても淫らに僕はなってしまった。なにか一輪花を踏み躙ってしまったそんな考えが僕を支配し離さなかった。性的なむすびつきはそんな支配すら打ち取って僕を白痴の渦へと引きずり込んでしまうのだが。

病的に仲のいい家族だった。妻も僕らの関係には目を瞑る。それどころか一緒に混じり合い綺麗に溶け合う始末だ。出かける時は3人組のカップルみたいに手を繋いで歩く、ご飯を食べる時はお互い顔を見合わせて笑う。僕は決して小児性愛に体を沈み込ませていたわけではなかった。ただ愛が穴が空いたみたいに溢れては疑問、疑念に変わる、僕は多分性的に不能、肉体的にはその限りではなかった。

そろそろ思い出の一つでもここに。
一般的な家族の頭に残っているように僕の頭にも海に行ったことが大切な宝石のように残って、しまいこまれている。

その時妻はいなかった。娘と2人きり、娘娘というのにも疲れたので何も隠しているわけでもないのだから名前と姿形をここに映しておこう。

まず僕の名前はさとし、娘の名前はまい、妻はともえ。妻のことは後からにするとして娘はまず。とてもかわいい。髪型は三つ編みで二つ結びになっていて身長はクラスで一番小さい。みんなで並ぶ時は一番前に並んでそれを誇らしげに語る。性格は歪に大人びているが子どもらしいおてんばで笑顔なんて見た日には僕は泣き出してしまう。本ばかり読んでいて歳の割には言葉の数が多くて間違った意味で使っていることもあって可愛らしい。もっとも本ばかり読んでいるのは僕のせいでもあるのだが。

海を初めてのように見た娘は朝顔が午後から咲いたような喜びに満ちた顔をしていた。初めてのようにと書いたのは幼い物心つく前に連れてきたことがあるからで、砂を瓶に詰めて持ち帰った。玄関には行くたびに持ち帰ってくる砂たちが立ち並んでいて今10本並んでいる。僕の人生のように脱線しまくりだが許してほしい。そろそろ本線に戻ろう。

海にはそれらしく船が浮かんで、水着に着替えた僕らはそれを追いかけるようにして泳いだ。だけども危険なので途中でそれもやめて岩肌を海から見上げたりまだ高いところにも命がなんだとも思っていない娘は怖がらずにその岩肌から飛び降りて、潮を僕顔にまぶした。眩しく光る陽の光は僕の心を温かくして娘への愛おしさが海に溶け出し海そのものが僕な気がして抱きしめた。今気づいたのだけど娘、娘と描きたくないと言っていたのに。でもこの書き方のが書きやすいのだから僕は正直にこの波に乗るとしよう。

泳ぎ疲れた僕たちは近くにあるという洞窟に入った。夜行性の木々がザワザワとうるさく、波の音は不気味に叫び出したい欲求を刺激した。イルカでもいればいくらか明るくなったのだろうがそんなミラクルはなく。僕らは暗くてゴツゴツした波が長い年月をかけ作り出したその穴に入り込んだ。

怖がり、袖を掴む涙ぐんだそれに僕は生まれそうになっている妻のそれを思い出して大丈夫だよ、と手を握って声をかけ続けた。歩くたび寒さが深く肌を差していく。気持ちの良さ半分、フナムシのキモさに全てがマイナスに変わり2人は声をあげてその穴から抜け出し、早生まれの子供みたいに震えて、少ししたら顔を見合わせてまた笑った。

コテージ、予約した僕らの今だけの住処に着くと眠気の中にむらむらと立ち上る黒い炎を見た。僕の中の娘への見方も変わり、彼女もそれを待っているようだった。お風呂が沸きましたの事務的な電子音が発車の合図だったようで僕らは一般的な家族がそうするように入り、帰りには情婦とその客の関係になって出てきた。

風呂の湯に僕が先に濡れるとあらかた塩を落とした彼女が僕の中に入り込んできた湯には2人の欲望の後が残り、風呂の熱さで上気しているのか否か傍目にはきっとわからなかった。泣き出すとも笑い出す寸前とも取れない顔の娘を、ヨゴレてしまった娘を湯から引き上げ洗ってやって、終わり頃になって自責の念ばかりが湧き出してきた。風呂の水は落とした。

ベッドの上では家族、パパだった。一緒の布団で眠るにはちょうどいいくらいの大きさ、一生このまま時間が止まってしまえばいいのに。と思って眠りに落ちたことを覚えている。

朝、湯の沸く音で起き、カップラーメンを食べた。食べながらおぼろげな昨日になってしまった夜中を思い出す。会話を。

「パパ」(僕がパパと呼ばせている、舌が足りていないのかあどけない。)
「なあに、まい?」
「私、パパの、パパと結婚したい」(この頃の女の子が言うものとは違う真剣さを含んでいた。感激した。)
「パパも結婚できたら嬉しいよ。だって知らない人にまいのいいところを知られるのはなんだかむかむかするからね。僕だけ知っていたらいいんだよ。」
「嫉妬?してるねパパ。ありがとう、大好き」

記憶のビデオテープはここまでらしい。

次に巡る思い出は妻とのものだ。一般的でつまらない。愛は間違っていればいるほど面白いのだから。だけどつまらないからこそ欠けているのに気が付きにくく、欠けた時に悲しいものなんだ。

僕と妻が出会ったのは興味もないのに立ち寄った美術館で、妻も同じ理由で訪れていた。
美術品なだけあって流し見するだけで作った人の気持ちだとかそういうのが流れ込んでくる気がした。だけどどれを見ても一番綺麗なのは僕の妻だった。

僕はつまらなそうに声をかけた。
「あの、きれいですね。」
「そうですね。この絵なんか有名なものらしいんですけど。それだけですね。私には何がいいのかよく分かりません」
「そうじゃなくてあなたですよ。わかりますけど。」
「わかりますよね。許せないんですよ私仕方がないのかもしれないけど有名だからってもてはやされて。」
「名前より作品を見てほしいですよね。」
「そうです!」
僕らは意気投合、色々省かれているところもあるけれど結婚した。

妻が死んだのは、と書けば悲劇的になるのだろうが残念ながら、いいことに妻は死んでいないし、僕らと仲良く暮らしている。昨日なんてハンバーグをこねては焼く時横着をして焦がしていた。時々こんな生活全部夢なんじゃないかと思うことがある。よく出来すぎているから、不安になる。眠れば明日が来るのも嘘な気がしてしまう。

妻と娘が眠っているのを見ては僕は下腹部に熱い毒が沸き立つのを感じる。だけどそれと幸せも感じこの関係が一生続けばいいと思う。

娘が浴室で僕に抱かれている間、こちらをじっとり見る目があることに気づいた時僕は弁解もせずに、その目を見つめた。示し合わせたみたいに妻は僕らが作り出したお湯に体をつけて僕と娘にキスをして。その時初めて、僕らは心も体もつながった本当の家族になれたんだと思う。

「パパもママもみんな仲良しで嬉しいなあ」お風呂場には無邪気なそんな声が響いた。

娘のおねしょが増えても僕らは成長をみた気がして幸せで、夢にみた生活はなんてつまらないのだろうと床に溶け落ちていく気がした。

妻は笑っていた。
「まだ、小学生なんだから。おねしょもするわよ。」

僕は笑えず、幸せを噛み締めるばかりだった。

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