【短編小説】ただ愛してただけのお話
夜の中の少女、浴槽。
「あたし、あなたのこと好きよ」と言ってふざけ半分に笑う少女はもういない、月夜の幻のうちにしまい込まれてしまって、日中に顔をだすことはしなくなった。
冷たい、一人ぼっち。僕はたくさん花を贈ったし、バスルームを湿っぽくした。
闇の中で何度も捕まえようとした。いずれもからぶりで、僕の中の思い出だった。灯台に行っても公園を歩いても君はついてまわった。
いっそのこと一人にしてほしいのにいつまでも、いつもとかわらないで、僕だけ変わって、それと、君と一人で海を見ていることが多くなった。
「あっちのほうでおよがない?」
「ほっといてくれ」
僕はいつもの自問自答にそっけなく返す。今海に入ると、そのあたたかさで君の所へ行ってしまいそうな気がする。なんて言ってやろうかといつも思う。でもそんなの自己満足、もうどうにもならない。もうなにも戻らない。
妹、彼女と仲の良かった妹は病的な僕とは対照的に、ケロリとしている。天井を見つめることもしないし、一人海を見つめることもない。
ただ一つ花をたむけるとき一筋寂しそうに、懐かしむような、惜しむ涙を流すだけ。
だけどこれも今だけ、だって妹はまだまだ子ども、僕はもう、忘れたいことのが覚えやすくなった。
僕はあの子に恋をしていた。年こそ離れていたが本物の愛だった。少女は風呂場で冷たくなった。2人、おぼれ死んだ僕の子どもを宿して。
死肉は触るとやわらかい赤子のままの肌、ハンコ注射のあとなんかまだ新しく見える。
シャワーの音がまだ耳に残っている。学校には私服で通い、毎朝僕が選び、僕も一緒の色を着た。一緒に玄関をでて通学し、一緒に帰った。
風呂場の水は冷たく、そして赤かった。まるで赤子が流れだしてしまったみたいに、怖かった。
机には花瓶がおかれた。名簿からは名前が消された。下駄箱からは匂いから消えてしまった。運動場の足跡も、みんな知らずに踏み荒らして、彼女のいたことをこれから先、僕以外覚えていない。
そんな気がした。だから僕は彼女によく似た子供をこの変わりゆくクラスの中に求めた。求め続けるつもりだった。何年たっても、今度こそ二人幸せになるために。僕一人が幸せになるために。
一人きりの風呂場からは、はてしない夜の匂いがした。
ハニートースト
「私がいなくなっても大多数の人はなんにもかわらないだろうけどあなたの日常だけは私のせいでめちゃくちゃになってくれたらうれしいな。」
と亡くなる、腕を切り、水に浮かべる前、最後の食卓でぽろり言った。
この日は僕の気まぐれで君と二人でご飯を食べた。ごはん以外を僕が作り、君はたくさんおかずがあるのに、パンにははちみつばかりをぬって食べていたっけ。
ハニートーストの甘い空気が部屋を覆い隠してくれたおかげで僕は尻込みせずに、ぎこちなくもなく笑えて。どこか上の空な君に気づく気なんてこれっぽちも無かった。
無神経な僕は女性にしたのは僕なのに一時のブルーさに腹を立てて、泣いて喚き散らす君の言葉なんて最初からなかったみたいに耳に入れないで尚も声を荒げて、パーティの空気をぶち壊しにして、逃げ出すみたいに空を見上げて、後悔した時には、二人まとめて流れてしまって。僕は泣いても仕方がないから、どこか他人事みたいに苦笑い。
自分の事なのに次の日は君がいなくても、あっさり音もなく訪れて、僕はまた学校にたくさんの子どもたちの顔、足、胸、髪の毛ばっかりがいやに輝いてみえて、どこか、君を探していたんだと思う。でもどこにもいなくて、僕はこのたくさんの量産品の中から君の代わりになるものを適当に見繕わないといけなかった。そんなことできるわけなかった。
夜のジャム瓶のそこっちょにも君は少しも残っていなくて、駅のホームで閑散からからな空気に君を見出そうとして、でもやっぱりできないで。追いかけられるところなんてもうのこしてくれていないのに。パンを食べるたび耳をのこす、君を思い出して。それだけでまた学校に行って、それをくりかえしてゆっくりと日々を嚙み締めたせいか四月が遠くて、ずっと冬な気すらした。冷たくなった手にはお風呂のお湯がよくしみて。
4月のあたたかさは僕の震えて縮んで固まったあれこれ(主にこころ)を催眠術みたいに凝りほぐしてくれて、つかの間だけ夢を見ていることができたみたい。元気になったのかも。
お湯を入れても味がしないくらいの君と淹れたての濃すぎるくらいのお茶を比べて、僕は新しい甘くて、罪ばっかりがいやにトッピングされた素敵な恋をはじめた。
新しい君は、綺麗で僕の骨ばった獰猛な手が触れたらたちまち血が流れだしそうな繊細さだった。
絵ばっかりをかいてはみせてくれて、小学生でこんなこと本当はダメだけど居残りで、美術部みたいに、僕らは図書館を貸し切って二人きりにだんだん自然となるようになった。
とても上手であまりしゃべってはくれなかったけど僕は絵になった自分を見て、そこに彼女の心も一緒に見た。
愛情表現をそれしか知らないみたいに君は僕の腕を抱きしめて、肩にやわらかい頬も温度を感じさせてくれて、腕にはいつ発芽するかわからない時限爆弾じみた皮とアバラ骨ばっかりの胸。僕はお返しにまだ早いくらいの情欲に満ちたいやらしい舌を君の口にほうりこみ二度と逃げられないくらいに強く背中を抱いた。
二人のいる部屋は、もはや誰にも水に流せないくらいの泥船だった。君は過呼吸気味に笑っていたけどきみを古くすることはちっともなかったよ。
彼女の母親はちっとも家に帰らない見上げた人で、好都合だった。
休みの日見る君の体はひどく子どもじみて、服は大人になる準備万端でそのアンバランスさが魅力的だった。なんにでもなれるつもりの大人っぽコーデをするところに真の子供らしさを感じて、背伸びしているのだなと暴れ馬じみた沸き立つ心を納得させた。
電車の中での君は本を読むのが良く似合う、そんな女の子だった。終点まで一言もしゃべらなかった。きみはちっとも本なんて読まなかったし、電車の中ではやかましいくらいに話しかけてくれた。でも君のその態度もちっとも厭(このいやの方が嫌がっている気がする。だが今は全くいや)じゃなかった。
目を凝らして文字を見る凛々しい顔、面白いのか満足げな顔、たまに僕の方を恥ずかしそうに覗く顔、いろんな顔が見れた。
誰も僕らの事を知らない町につくと、町のきらびやかさに圧倒される君の腕を掴んで僕はラブホテルに入った。
フロントからもう作り物の甘ったるさ、君は不安げに僕の方を見ていた。僕は表情を起こさずに、はや足で部屋に入り、カギをかけた。
まず君に僕の絵を描かせた。最初に顔、次に胸、そして局部。僕は裸になり、スケッチブックを開いた。
「ヌードデッサンをしたいから君も裸になりなよ」と僕は言った。君の絵には全く遠く及ばなかったけど描いていて二つと同じものがどこにもない喜びがあった。それだけで十分だった。
シャワーはそのままの足で(ついでです)二人で入った。家族じみたあたたかな風呂場。
逃げ出してしまいたくなるくらい。何度好きと言われても、言葉の内には一つも汚れきった油、性愛は含まれていなかった。
夜の底においてきたきみがやたらに足を引っ張るから僕らは一緒に家族見たいに馬鹿でかいベットで寝て、次の日うわのそらでショッピングモールを見て回るだけだった。
部屋から出るとき、ラブホテルから出た朝の空気は僕をただひたすらにむなしくさみしくどんよりと、させるばかりだった。きみの代わりなんてどこにもいないことがわかりきってしまったからだろうか?
月夜の下にしまい込まれてしまったからだろうか?
二人でいても一人でいても寂しさはきみ以外では埋められない、いつまでこの悲しい夜を続ければいいのだろうか?
また僕は自問自答を繰り返すばかり。
「知ってましたか?私あなたのことが好きなんですよ。」
と僕の手を握りしめたまま君はさらりと言った。その姿にどこかやっときみとの重なりがあって僕は、知ってるよとまたそっけなく返した。
僕の方もこの子のことが好きになりつつあった。僕にとってかけがえのない、変えの無い一人になりそうだった。
だから僕は離れるべきだと思った。唇を噛み締めながらエンドロールの幕が降りた喜劇をぶちこわすみたいに、悔しそうに。
やめよう、こんなこと。
と優しく言った。君は子どもらしさなんて一片もない物分かりの良さで受け止めてくれて、どっちが子どもかわからなくなる。僕の方が先生なのに、これじゃそれ以上、お母さんじゃないか。先に泣いたのは僕のほうだった。君のこじんまりとした胸で人目も憚らず泣いた。こんなに泣いたのは久しぶりでショッピングモール、服屋の客引きの甲高い声なんて少しも聞こえなかった。
帰りの電車でも君は本を読んで、内容なんて頭に入らないのかうわのそら、僕はこの時間がたまらなく苦しかった。
同じ駅、同じ色の服、全てが嫌になった。電車を降りても大人なのはやっぱり君で僕は拗ねた子どもみたいにムスッとして、それに気づかないみたいに君は会釈をして家まで40分はかかるのに歩いて行ってしまった。いっぱい泣いてくれるのかな、轢き殺して僕へのモヤモヤを晴らせずに短い短い人生を終わらせてやろうかな。なんてまた子どもらしい事を考えては、自分がとことん嫌になった。
納得のために君を車で拾い上げて、納得のために君を誘拐して、家には返さなかった。未練たらたらなのは僕の方で、誘拐というのは名ばかりで僕の家に着くまで君はまた何も言わずにじっと座っていた。拘束具なんて君が自分でつけたシートベルトだけ。
家につくと僕は料理を作った。君も色々手伝ってくれて前の時よりも豪華な食卓、ちっとも楽しくなんてない。君が死んでしまわないのもわかりきっているからくだらない。持っていた包丁に魔が刺して、でも死んでしまったきみに止められて僕は汚れた手を洗うだけで済んだ。
やっぱり、好きですよね私のこと。
大好きだ。でもダメだと思ってこんなこと君は生徒だし。僕は出来損ないでも先生だし。
いいんですよ、だって子どもが大人に甘えたくなるように大人が子どもに甘えたくなることだってありますよ。私があなたの茶漉し、いや受け皿になってあげますから。もっと大好きになっていいんですよ。
僕が君に向けるのはそんな大好きなんて言葉じゃ足りないくらいのものなんだ。それでも、受け入れてくれるのかい。
はい、なんだってしてあげるしなんだってしてもらいますけどね。
とやっと子どもらしくわがままに笑ってくれた。(とても可愛らしく蠱惑的に言った。)
僕らの夜はもう何も考えたくないくらいに長くて幸せで永遠に続いて、失いたくないほどだった。開発されることが決まり切った湖の月のようだった。
