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加藤裕哉の自己紹介

初めまして!

初めまして。加藤裕哉と申します。北海道小樽住で誕生日は4月27日で今年28歳になりました。

今日からnoteに投稿を始めたいと思います。投稿しようと思ったきっかけは複数あります。ファンである日本ハムファイターズの選手が投稿していて、それを毎回みていうこと、まだ途中までしか読んでいないですがいしかわゆきさんの著書「書く習慣」を読んで触発されたこと、6/10に書籍を出版されるダイダイさんという作家さんのyoutubeでnoteにブログを書き始めてみたと言われていたこと、そして今日noteに登録して始めたきっかけは散歩の最中にふと思いついたからです(笑)きっかけなんてそんなものですよね。
僕は学生時代国語が苦手でした。国語はほぼ万年5段階評価の2でした。本を読むのも得意ではありませんでした。しかし、ここ数年は文章を書くのが好きです。ライトノベルをたくさん読んでいる影響なのですかね。

まずは自己紹介を。先ほども申しましたが加藤裕哉です。北海道小樽住で年齢は28歳です。両親とも看護師をしています。3歳年下の弟がいます。

趣味

趣味は幼いころはとっとこハム太郎と戦隊ヒーローと仮面ライダーが好きでした。小学生になり遊戯王におこずかいを全て使っていました。
中学生の時は友人から「IS<インフィニットストラトス>」という人生で一番好きな作品に出会いアニメ、ラノベオタクのスタートラインに立ちました。中学生のころ読んでいたのは「とある魔術の禁書目録」と「涼宮ハルヒの憂鬱」くらいでした。

高校生のころはドラマにはまっていました。「半沢直樹」や「逃げるは恥だが役に立つ」、「ホタルノヒカリ」、「ハケンの品格」を見ていた覚えがあります。
大学生になり部活をしていましたが時間がたくさんあった中で、部活の同期にアニメの英才教育を受けました。「とらどら」、「4月は君の嘘」、「リゼロ」、「がっこうぐらし」...とあげたらきりのないくらい布教されました。

現在の趣味は、大学生のころから継続しているアニメ、ラノベは継続して好きです。新作のアニメは年40作品ほど見ています。ラノベも月2冊ほど読んでいます。社会人になりある程度お金を使えるようになったので、ラーメンとスープカレー巡りをしています。...と言ってもラーメン屋巡りは2年前からで、スープカレー巡りは今年からの趣味なので最近はまり始めた趣味です。生活の中で息抜きの趣味はメイド喫茶に通うことです。友人(Iさん)から去年の年始に行ってみないかと誘われて、週1回ほど通っている「ロミオクロスジュリエッタ(通称:ロミ)」を知りました。ほかのメイド喫茶も3か所ほど行ったことありますが、ロミが一番心落ち着くし楽しいです。

スポーツ歴

次はスポーツ歴について紹介します。僕がスポーツを始めたのが小学3年生の頃でした。体育の授業でサッカーがありそれが楽しくて親に頼んだ覚えがあります。僕の通っていた小学校にはサッカー少年団のチームがなく、隣の小学校の少年団に入りました。チームメイトは全員隣の小学校の生徒で仲良くなるのに多少苦労していましたが、みんな「加藤」とか「加藤君」と呼ばれて仲良くしてくれました。なぜ苗字呼びだったのかというと2個上の先輩に「ゆうや」さんがいたため苗字呼びでした。
サッカー少年団の監督コーチには様々なことを教わりました。監督には靴紐の結び方を教わりました。コーチには自分が出ていなくても集中して試合を見ることを教わりました。試合を見ないで砂遊びしていて頭ぶたれたこともあります(笑)今のご時世では体罰に当たりますね(笑)僕は小学4年生までサッカーがあまり上手ではなくベンチメンバーでした。親からは辞めたほうがいいと言われたくらいです。親がコーチに相談することもありましたが、1人のコーチが僕の下手でもボールがラインを割るまで追い続けることを評価されて練習後の追加練習に付き合ってくれました。
そうして5年生になったU-11の試合からレギュラーとして出ることができました。そして初めての全道大会も経験できました。6年生になり同年代が8人ほどいて黄金世代と呼ばれるほど地区大会では無双していました。6年生になり背番号が変わることになり、僕は何番でもよかったのですが、コーチの勧めで10番を背負ったのは衝撃でした。ですが、その年のある大会で優勝して最優秀選手に選ばれたときはとても嬉しかったし、今でもメダルを持っています。6年生の試合で一番印象に残っているのは勝てると思っていた相手に終始リードされて僕が同点ゴールを決めて残り数分で勝ち越されたのが覚えています。とても悔しかったです。

中学時代は、サッカー部のない中学にしたため、陸上部に入部しました。長距離走に適性があったため1500m、3000mを走っていました。大会でもある程度の成績を残しましたが、全道大会には出場できませんでした。陸上は中学2年生のころに長距離を走りたくなくなりました。球技のように得点のためにはしるのではなく、タイムを追い求めるのが苦痛でした。親に頼んでサッカー部のある隣の中学に転校させてもらいました。ありがたいことにレギュラーで出ることはできましたが、慣れないDFだったのであまり楽しさは感じませんでした。中学3年生のころに弟がやっていたラグビー少年団に入りラグビーを楽しんでいました。

高校に進学し、サッカーはもういいかなと思いラグビー部に入部しました。入部当初は中学のころと比べるとレベルが高く楽しかったです。しかし、勉強のほうに集中したくなったことがあり、いつしか口癖は「部活辞めたい」になっていました。実際高校2年生の冬に辞めたいと申し出たこともありましたが、宥められて何とか3年間続けました。今になって3年間続けたのはよかったと結論になりました。

大学時代は、大学1年生のころにラグビーのようなゴリゴリの部活ではなく、緩い部活に入りたいと思って、ワンダーフォーゲル部(登山部)に入部しました。樽前山や羊蹄山に登れたのはいい思い出です。しかし、刺激が足りないのと冬登山が嫌だったのと天気図が書けないのが理由で1年で辞めました。大学2年生のころにワンダーフォーゲル部とアメフト部に入部している友人経由でアメフト部に入部しました。アメフト部は最高に楽しかったです。朝練はきつかったですが(笑)1部リーグ昇格という目標も良かったです。大学4年生の時に1部リーグ昇格できたのもいい思い出です。

仕事を始めるまでのいきさつ

次は、僕の大学から仕事を始めるまでのいきさつを紹介します。僕の大学は北海道室蘭市にある室蘭工業大学に入学しました。大学4年生の時に就職活動している自分が想像できなくて、推薦で大学院進学に逃げました。しかし、大学院1年生の時逃げてきた就職活動に直面します。僕はまじめな学生ではなく、大学で学んできた分野で就職できるとは思っていませんでした。そこで、自衛隊、農家、警察、塾講師など他分野に進もうと考えていました。そこで、就活と論文などが重なって無理をしたせいか、統合失調症にかかってしまいました。この時22才でした。発症当初は実家で意識不明になったそうです。病気発症周辺の記憶がなく親から聞いた話なので、だそうですとさせていただきました。半年ほど入院して退院できましたが、これからの人生どうしようと途方に暮れていました。この当時の選択肢は2つで、大学院に戻って就活するか、就職先を探すかです。それに悩んで1年間ニート生活を送りました。ニート生活をしていると既に24歳になっていました。この間北大病院で認知リハビリを受けたりもしました。今後の人生が定まったのは25歳になった年でした。親から就労移行支援事業所に通ってみてはどうだろうかと勧められて行く決断をしました。就労移行支援事業所では、WEBコースを選択して、WEBサイトの作り方を学びました。職員さんがみな優しくいい環境でした。就労移行支援事業所2年目はほとんど就職活動をしていました。8社ほど落ちましたが、就労移行支援事業所経由で紹介してもらった、現在勤めている会社の「一迅社」の面接を受けて見事受かりました。これは最高の出会いでした。一迅社は、テレビでCMを出していて見たことがある会社なのでとても興奮しました。一迅社は、東京の会社で僕は北海道在住なので、リモートワークという形で仕事させていただいています。リモートワークといっても自宅で業務しているわけではなく、サテライトオフィスという他社のリモートワークしている人たちが集まる空間で業務に取り組んでいます。一迅社に入社して僕は総務経理部という事務仕事の部署に配属されました。電子書籍のデータをアップロードするという仕事から始まり、ずっとこの作業なのかなと不安ではありましたが、Googleフォームの作成や、VBA、react、GASなどのプログラミング業務を任されて大学時代の経験が生きて、楽しく仕事させてもらっています。一迅社は東京に本社があり、僕は北海道住なので、リモートワークで勤務しています。職場は家ではなくサテライトオフィスに通っています。このサテライトオフィスが少し特殊で、聴覚過敏の方がいるため基本物音を立ててはいけないというルールのもと働いていて周りはみな他社の社員なので会話が一切ありません。人と話さなさ過ぎてたまにメンタルが病みます。

最近の出会った出来事

次に、最近の出来事を紹介します。次回以降最初に紹介するコーナーになります。テーマは「運転免許」です。運転免許は19の時に取得して、3月に免許更新の通知が来ました。前回は手稲の免許センターで更新しましたが、今回は小樽の警察署で更新することにしました。今回は証明写真を機械ではなくスマホで作ってみました。しかし、背景に窓が映り込んでいて使えないということで、警察署で撮影して結果高くつくという結果になりました。それはさておき、順調に更新の手続きをこなしていっていきましたが、終盤に落とし穴が待っていました。
アンケートの記入で「過去に病気で意識を失ったことがある」にチェックをつけてしまったがために診断書を書いてきてほしいと言われました。病院へ行き診断書を持っていたところ担当医から運転を許可する診断書はかけないと言われました。病気の症状も安定しているし許可を出してもらえると思っていたのでショックでした。結果的に免許を返納することになりました。せっかくお金を出して取ったのにとは思いましたが、ここ2、3年ほど車を運転していなかったので生活日支障がないと切り替えました。精神疾患を抱えていると運転はしてはいけないのですね。

最後に

最後に、僕のこれから投稿するnoteの構成は

  1. 今週の気になったテーマ

  2. 1週間の出来事

でいきたいと現状は思っています。書きたいことがあれば追加していこうと思います。一週間日記というテーマでアップしていきます。

最後まで読んでいただきありがとうございます。僕の人生を振り返るきっかけになってとても楽しく書けました。
週1ペースで週末にアップするのを目標にしようと思います。次回の分も読んでいただけると幸いです。

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