第2話ジャルダンの指輪 前編:開業初日、史上最低の依頼人 【間宮真の機能的ロココ探偵事務所】
「そろそろ時間だろう。送っていく」
春一が勤めるのは、Maison Valberrys(メゾン・ヴァルベリィ)銀座旗艦店。本国フランスの非上場外資系ハイジュエリーブランドだ。
創業は1857年、現在に至るまで創業家一族が経営を受け継いでいる独立系メゾン。現在のオーナーCEOは、7代目のAugustin de Valberrys。
春一の才能と特性を理解し、それを尊重して柔軟な対応をする寛容なボスらしい。
事務所のある6階から階段を下り、徒歩1分の契約駐車場に、春一を連れていく。
「弁当、ありがとう。どれも美味かった。……かぼちゃの煮付け、また入れてくれ」
愛車の助手席のドアを開けてやりながらそう言えば、とても嬉しそうな顔をする。彼は、初めて会った頃より随分と表情が豊かになったように思う。
ミカワ製の愛車、ディアデムSGアヴァンセ。5年前、警察を辞めたとき、それまで使うあても、使う暇もなく、溜め込んでいた金で買った中古の相棒だ。
堅実な品格を持った国産車。中古とはいえ高級車の部類だ。当時は些か贅沢かとも思ったが、今となっては、銀座の一等地でも浮かないコイツを選んだ当時の俺を褒めてやりたい。
◆
約束の時間。午後2時ぴったりに、探偵事務所の扉が開いた。
「え……?」
小奇麗な装いの女性が、あからさまに困惑した表情でドアノブを握ったまま硬直した。
「あの、え?」
女性はゆっくりと後ろを振り返り、ここが雑居ビルであることを確認する。
……当然だろう。彼女の目の前には、ロココ様式の洋風サロンの如き空間が広がっているのだから。
ポンパドール夫人の居室にありそうな什器。ライラックのシルク壁紙。藤色のドレープカーテン。アイボリーの大理石フロア。どこをとっても異常である。
雑居ビルの探偵事務所に訪れて、美術館かラグジュアリーホテルにしか存在しなさそうな内装が現れると予期出来る人間はまず居ないはずだ。
……予期できる者がいるとすれば、そいつは変態か、春一の二択だ。
「結城さんですね?……探偵の間宮です。こちらにお掛けください」
俺の存在を認識してギョッとしたのち、おずおずと入室してくる依頼人。ハイヒールが踏みしめるたびに、コツコツと硬質な音が返る。
「主人を探して欲しいんです」
◆
依頼人、結城麗奈を、応接スペースのテーブルセットに案内する。機能的かつ趣味よく探偵事務所に配置された、ルイ15世様式の調度類に混乱している様子が判るが、さっさと慣れて欲しい。
「本日の依頼内容は?詳しく教えてください」
声を掛けながら、優美なポンパドール様式の肘掛け椅子に座ろうとする結城を観察する。
膝丈のピンクのスカートに、白いブラウス。
典型的な女子アナ風コーディネートと、化粧で作り込まれた容貌から一見20半ばにも見える。だが目尻や首元の肌などから察するに、おそらく30代後半。
小綺麗ではあるが、品があるとは言い難い。ブランドのモノグラムが全面に入ったバッグ。大粒のダイヤモンドが輝くピアス。3連のピンクパールのネックレス。
右手の薬指にはクッションカットエメラルドのソリテールリングが嵌められている。カラーは黄緑に近いが、最低でも6ctはある。正直ベリルと呼びたい色味だが、彼女にとっては石の質よりサイズが重要だったのだろう。
まあ、探偵事務所に来る格好ではないな。
極めつけは、赤い靴底のハイヒール。ヒール高8cmはありそうだ。……お洒落は我慢とは言うものの、よくこのエレベーターなし雑居ビル6階まで登ったものだ。
一度目を伏せて軽く息を吐いてから、俺の顔を見つめて、震える声で結城は依頼内容を切り出した。
「えっとその、行方不明の主人を探して欲しいんです」
その瞬間、薄っすらと涙を浮かべる結城。膝の上のブランドバッグからハンカチを取り出す。
……清楚に振る舞いたいなら、中身は整理しておけ。人前で引っ掻き回すな。ハンカチにはアイロンかけろ。しかし、マスカラもアイラインも微動だにしないな。どんな技術だ。
「なにか、思い悩んでいる様子だったのに、私……なんにもしてあげられなくて。帰ってこなくなって、もう、1カ月になるんです」
目元にハンカチを軽く押し当てる依頼人の手には、美しいネイルアートが施され、綺麗に整えられた爪があった。
……演技力だけはある。それは認める。だが、説得力出したいならネイルサロン通いも止めとけよ。
「……わかりました。お引き受けいたします。足跡を辿るため、まずはご自宅を拝見させてください」
俺はこの依頼を受けることを決めた。
春一が用意してくれていた茶葉を使い、紅茶を提供しながら最低限の聞き取りを済ませ、翌日の訪問を約束し、依頼人を見送る。
この面談で、電話を受けた春一が、結城を不思議と称した理由が非常によく分かった。春一と出会って3年、春一の口から悪意ある言葉を聞いたことは一度もない。この面談と、彼が迷いながら口にした形容詞は、一つの真実を俺に教えた。
春一が特別報奨としてボスから貰ったという非売品アートピースのティーセットを眺める。早々に適当なカップ&ソーサーを揃えなかったことを、激しく悔やむが、今更である。
◆
7月23日午後2時。
依頼人宅があるという練馬区・石神井町の高級住宅街に、愛車ディアデムで向かう。
その一角に佇んでいた一軒家。依頼人の印象に反して、見映えよりも質実、見栄よりも品位、そんな趣をしていた。
白く控えめな漆喰の壁に、落ち着いたグレーの瓦屋根。格子入りの上げ下げ窓が規則正しく並び、エントランスには木製の重厚な玄関扉が据えられている。外観に過剰な装飾は一切なく、構造には耐震等級を意識した堅牢さも見て取れる。
和洋折衷モダンクラシックとでも呼ぶべきだろうか。周囲の格式ある住宅とも調和した、とても上品な佇まいだった。
◆
インターホンを鳴らすと、若い女性の声で応答があった。昨日の依頼人とは別人だ。依頼人の服装とこの住宅から鑑みれば、おそらく通いの家政婦だろう。
「昨日、結城麗奈さんとお約束した、探偵の間宮と申します」
玄関の扉が開く。
「失礼いたします」
現れたのは、20代前半ほどの小柄な女性。黒髪のショートカットに、淡いベージュのエプロン。やはり家政婦のようだ。
上がり框の前で静かに靴を脱ぎ、用意されたスリッパに履き替える。しゃがんで革靴のつま先を外に向けて揃え、玄関の端へと寄せてから、姿勢を正し、女性へと向き直った。
「えっと、わたくし、こちらで通いで家政婦をさせていただいてます。宮崎と申します」
俺の威圧的な外見に気圧されたか、彼女の応対は少々ぎこちない。だが精一杯、丁寧に接しようとしているのは伝わってきた。
上着の内ポケットから名刺入れを取り出し、蓋を軽く押さえて開く。名刺を一枚抜き、両手で差し出す。
「間宮です。本日はお手数をおかけします」
名刺を受け取った彼女の戸惑いに気づき、もう一度、穏やかに名を口にした。
「あ、はい。ありがとうございます。えっと探偵さんのことは、奥様より伺っております。奥様は今出掛けておられて。あの、でも、すぐ戻られる予定です。お茶をお入れいたしますので、そちらに……」
来客予定で不在はどうかと思うが、まあ、今回は好都合だ。
言葉を遮らない間を取ってから、威圧的にならないように注意しつつ、宮崎に依頼する。
「ありがとう。でも、仕事中ですのでお気遣いなく。まず、こちらのご主人が普段使われておられた場所の案内を頼めますか?」
◆
宮崎に案内されたのは、2階の北向きに位置する書斎だった。
結城遼太郎。依頼人・結城麗奈の夫が使っていたという書斎は、意外なほど質素で、整然としていた。
余計な装飾のない木製デスクに、大型モニターとキーボード。紙類はきちんとファイルにまとめられ、本棚にはビジネス書や経済誌が整列している。整頓された空間に、生活の緊張感と内向的な性格が滲んでいた。
デスクトップパソコンの電源を入れ、ブラウザの履歴を確認する。その検索履歴を見て啞然とする。
“死体 見つからない方法”
“遺体 保険金 なぜ”
“死亡届 偽造 方法”
嘘だろう、流石に杜撰すぎないか?
履歴削除なんて一瞬だろう……。
結城麗奈、お前なんで探偵に依頼した挙句、不在にした?
死ぬほど機械音痴でも、書斎への立ち入りを禁じるなり、夫の仕事の機密があるからパソコンには触るなと言うなり出来ただろう!
◆
帰宅したという結城麗奈から話を聴くため移動したリビングは、整然とした書斎とは対照的に、鳥肌が立つほど落ち着かない空間だった。
……おそらくこれは、所謂ホテルライクを目指した結果、全力で迷走したインテリアだ。
パウダーブルーの壁紙に、白い大理石調のセンターテーブル。床材は節の目立つナチュラルオーク系。どれも単体では悪くない。しかし方向性が全く異なる。調和の気配は皆無。
仕上がりに統一感が一切、ない。
知性と美意識が根絶された混沌空間に眩暈すら感じるのは、果たして俺だけか?
天井とフロアには複数の間接照明。だが色温度の選定が甘く、電球色と昼白色が混在。空間のバランスを盛大に崩している。
万が一これをホテルライクと呼ぶやつがいれば、俺とそいつは間違いなく一生、理解しあえないだろう。
極めつけは壁際のウォルナット材キャビネット。ここだけが唐突に重厚で主張が強い。視線が無駄に引っ張られる。素材感、色調、機能性。どれをとっても、場に馴染んでいなかった。
空間づくりにおける最も基本的な考えである「引き算」の不在。その思想が一片でもあれば、こんな所業は決して為せないはず。
……結城遼太郎、よくこんな空間で生活できたな。
俺は既に、一刻も早く事務所に帰りたい気分で一杯だ。春一の作り上げたあの空間とは、比べることすら冒涜的な部屋である。
しかし、仕事はせねばならない。
ウォルナットの飾り棚の上には、数枚の写真立てが並んでいる。そのうちの一枚を差し示し、結城に尋ねる。
「こちらの写真は?」
チラチラとその写真を見ていた結城は、誘導が上手くいったと思ったのだろう。我が意を得たりと語りだしたが、その内容は杜撰だった。
「その写真ですか?……主人、山が好きで、よく思い悩むことがあると山に登ってたんです」
……なら、なんでお前、まず山探しに行ってないんだよ。
「警察にはそのこと話しましたか?」
当たり前すぎる俺の質問。
「え?いいえ、話してません」
それに対して、思いがけないことを訊かれた、そんな顔をした結城は、不審極まる回答を平気で寄越してきた。
……つまり、警察には見つけて欲しくない。
だが俺には依頼した。独立開業から間もない零細探偵事務所をわざわざ選んだ。つまりこの女、経験の浅い探偵に依頼したかったわけか。
俺が大手の探偵事務所で所属調査員として約5年働いた、赤バッジの元刑事とも思わずに。
結城がソファに座り直し、こちらをじっと見つめて言った。
「間宮さん。よろしくお願いします。どうか主人を見つけてください。……なるべく早く……保……じゃなくて、義母もとても心配してるので」
[Makoto Mamiya's Functional Rococo Detective Agency]
Note: This English version is automatically generated by AI. It may not perfectly capture all the subtle nuances of the original Japanese text, but I hope you enjoy the world of the Rococo Detective Agency.
Please note: Due to AI translation, the protagonist's name may inconsistently appear as 'Shin' or 'Makoto'. Please be assured that they refer to the same character, Makoto Mamiya.
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