【ショートショート】金のオノ銀のオノ、そして幽霊
ちゃぽーん。
オノだ。古びたオノが地上から落ちてきた。
私は長年ここで泉の女神をやっているが、こうしてオノが泉に落ちてくるのは久々。
確かに近年はオノで木を切る人も減ってきているだろうし、そもそもオノを泉に落とすおっちょこちょいもそうそういない。
だからこそ私は、この久しぶりの『イベント』に気合いが入った。
「声の調子は…ゔっゔん!オッケー!よし!」
喉を整え、私は水面に上がる。
「お待たせしました。あなたが落としたのは…」
「私のオノ…」
「ん…?」
そこにいたのは女性だった。
白い着物を着ており、ひどく血色が悪い。
なんというか、生気が感じられなかった。
「私のオノ…」
目の前の女性は消え入りそうな声で同じことを呟いた。
女性の足元を見ると、足がない。
あー…なるほど。
「返して…」
「なるほどなるほど……ぎゃー!ゆゆゆ、幽霊ー!」
「私のオノ…返して…」
「いやー!」
一気に恐怖が込み上げてきた。
数々の木こりは見てきたが幽霊を見たのは初めてだ。
『女神』の私が言うのもなんだが…。
でも怖いもんは怖い!
私は脳をフル回転させ考えた。
このまま泉に逃げてもいいが、この辺をうろつかれるのはすごく怖い。
もしかしたら泉の中に入れる耐水性の幽霊かもしれない。
泉に入って来られたら、私に逃げ場は…ない。
「耐水性の幽霊ってなんだよ!」とセルフツッコミをする余裕は今の私にはなかった。
これは、なんとかして成仏してもらうしかない。
私は気合いを入れた。
「あ、あのっ!」
勇気を持って幽霊をじっと見た。
「私のオノ…」
幽霊が同じことを呟く。
幽霊の虚ろな目がこちらを向いている。
女神人生で初めて幽霊と目が合った。
だめだ!やっぱり怖い!で、でもなんとかしなきゃ…。
私はビビリながらも久々の『通常業務』に移ることにした。
「返して…」
「で、ですよね、すいません!それじゃあ、いつものセリフ失礼します…あ、あなたが落としたのは金のオノですか!?そ、それとも銀のオノですか!?」
「違う…」
幽霊が呟いた。この人正直者だ!助かる!
「ですよね!普通のオノですよね!正直者のあなたには金のオノと銀のオノを差し上げます!はいどうぞ!」
私は金のオノと銀のオノを地面に置いた。
幽霊さんに失礼かもしれないが、手渡しは怖い。
「正直者とはさすがですね!お疲れ様でした!」
しかし幽霊が成仏する様子はない。
『成仏する様子』もよく分からないが…。
目の前の幽霊が呟いた。
「私のオノ返して…」
「ですよね!ごめんなさいごめんなさい!」
確かにそうだ。
この人はずっと「私のオノを返して」と言っていた。
一番欲しいのはこの古びたオノだったのだ。
「はいどうぞ!すみませんでした!」
私は古びたオノを地面に置いた。手渡しはまだ怖い。
幽霊はゆっくりとした動作で身をかがめた。
そして古びたオノだけを拾い上げる。
「ありがとう…」
幽霊はそう呟き、背を向けた。
「い、いえ…」
私は森の中にゆっくり移動する幽霊の背を見ながらそう言うことしか出来なかった。
そしてあることに気づいた。
「成仏しないんかい…」
