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我輩は猫である。貴方はそのままでいいの。

我輩は猫である。名前は「マダナイ」と言います。どこから来たのかは分かりませんが、気がついたら、この人間の家にいます。

正直、人間のすることはよく分かりません。飼い主さんはいつも何かを考え込んでいるように見えますし、時には突然、悲しい表情をして、じっと動かなくなったりします。なぜいつもそんなに忙しそうで、落ち着きがないのでしょうか。我輩は一日中、日向ぼっこをしたり、毛繕いをしたり、ただ寝ていたりするだけですが、とても平和で満たされています。にやぁ。

先日もそうでした。飼い主さんがパソコンの前で、難しい顔をしていました。我輩はいつものように「遊んでほしいな」と近くをウロウロしたのですが、まるで我輩が見えていないかのようでした。その時は「あぁ、我輩のことなんてどうでもいいんだな」と思って、とても寂しい気持ちになりました。にやぁ。

そういえば、以前、我輩が窓の外を眺めていたら、大きな鳥が飛んでいるのを見つけました。我輩は夢中になってその鳥を追いかけ、ガラスに鼻をくっつけていました。その時、飼い主さんがそっと近づいてきて、「じーっと見てるねぇ、あれは何かな?」と優しく話しかけてくれたのです。我輩はびっくり。でもその声を聞いたときに、言葉にできないほど嬉しい気持ちになりました。あの時、飼い主さんは我輩と向き合ってくれたのです。我輩の心の中が、温かくて、ふわふわした毛布で包まれたみたいになりました。

また別の日、飼い主さんがとても疲れているのがわかりました。我輩は「どうしてそんなに辛そうなの? どうすれば元気になるの?」と心の中で思いました。しかし、我輩がいくら心配しても、飼い主さんの表情は変わりません。しばらく考えて、我輩は一つのことに気づいたのです。飼い主さんが疲れているのは、飼い主さん自身の問題であって、我輩がどうこうできることではないのだと。それは「飼い主さんの課題」なのです。にやぁ。

そう理解したとき、我輩は少しだけ、心が軽くなったような気がしました。我輩が悩むべきは、飼い主さんの問題を解決することではなく、「この状況で、我輩はどうすれば一番楽しく過ごせるか?」ということでした。この発見には、なんだか清々しい気持ちになりました。にゃにゃにやぁ。

それから我輩は、自分の「遊び」に集中することにしました。窓の外を眺めたり、お気に入りの「どこでもドア」で何処かへ行ったり、「空気砲」でネズミ退治をして遊んだり。すると、不思議なことに、飼い主さんがたまに我輩の遊びをじっと見ていることに気づきました。そして、疲れているはずなのに、少しだけ微笑んでくれたのです。にゃにゃ。

その時、我輩はハッとしました。ああ、我輩はただここにいるだけで、飼い主さんの役に立っているのかもしれない、と。何もしなくても、ただそばにいるだけで、この人は少しだけ、心が安らぐのかもしれない。それが我輩の存在意義なのだな、と知りました。ゴロゴロゴロ。

我輩はこれからも、我輩らしくここにいようと思いましt。そして、もし飼い主さんが再び悲しい顔をしていたら、またそっと膝の上に乗ってあげようと思います。我輩と飼い主さん、お互いがそれぞれ自分の課題に取り組みながら、少しずつ支え合っている。そんな関係って、本当素晴らしいですから。

マダナイ、あなたは今日も、あなたのままでいいのですよ。と、飼い主のアドラーさんは遠くから言いました。