見出し画像

【ピリカ文庫】「平等」な教育

1 すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する。

【日本国憲法 第26条】

「山形先生、長野くんは夏休みの部活来てますか?」
「長野? 来てないし、絶対来ないよ」

長野君の所属するサッカー部顧問に「絶対」と断言され、私は肩を落とした。
「今年の初めに、練習メニューを自分達で決めたいって、部長でもないくせに生意気言うから軽く叱ったら来なくなったよ。でも、なんで?」

「あ、終業式お休みだったから、まだ通知表を渡せてないんです。担任の宮城先生は野球部の大会でお忙しいし、副担の私から渡そうかと」

私は《第二中学校》の校章が大きく印刷された通知表を茶封筒に仕舞いながら説明した。

「長野か。課題提出しないから成績も散々だったね」
「はい。頭は悪くないのにもったいないです」
私が言うと、山形先生はふっと鼻で息を吐いた。
「テストの点だけ良けりゃいいわけじゃないって、数学の時間にも散々伝えたよ? 課題やる時間がないって言うけど、部活もさぼってるのに、どうゆうことだよ、まったく」

それには向かいに座る福島先生も参戦した。
「英語でもそうよ。一律に同じ課題出しても意味なくないですか、だって」
それを聞いた山形先生はさらにヒートアップする。
「完全に舐めてるな、あいつ。意味があるかどうかはこっちが決めるっつーの」

ぷりぷりし始めた二人を諫めるように、私は努めて明るい声を出した。
「通知表を届けに行って、ちゃんと説明してきますね」
福島先生は、大きな溜息をついた。
「秋田先生は優しいね。うちの石川は親が取りに来るまで放置です」

福島先生のクラスの石川さんは一年の途中から不登校。原因は不明の。
去年はコロナ対策もあって遠隔授業を何度か行ったけれど、今年はどの先生もそんな救済措置に時間を割くつもりはないらしい。

みんなに平等な時間が与えられ、それが過ぎれば誰でも卒業できてしまうのが義務教育。

平等な機会があっても、平等がゆえに学びを得られないまま卒業となる子が一定数いることを、看過できない問題だと分かっていながら、でも、その課題に割ける時間が、私たちには圧倒的に足りない。
「中学教師は忙しい」という概念が定着したためか、不登校児が自分に合った教育を受ける「権利」を主張してくることも、滅多にない。

「見て。ぜーんぶ斜線」
福島先生が呆れ顔で広げた石川さんの通知表の評価欄には、全て斜線が引かれている。5段階評価の「1」をつけるとショックを受ける子もいるからと、日数不足で評価不能という意味の「斜線」。
彼女にしてあげられる支援は、そのくらいしかないのだろうか。

「石川んちは親が甘いでしょ」
山形先生が片方の眉をあげて話し出す。
「家の居心地が良すぎるんだよね。今はいいけど卒業後はどうすんだって話。今のうちに尻叩いてでも来させたほうが本人の為だと思うけどね、俺は」

家の居心地が良すぎるから不登校――。

尻を叩くことが本人の為と信じて止まない山形先生と目が合わないように、私は机上のプリント類を無意味に漁った。
昨年度、保健室登校した日の石川さんの嗚咽まじりの声が脳裏に蘇る。

――もっと頑張りたい。みんなと同じように。私はダメな人間なんです。生きる価値なんかない。みんなと同じに、なんで私は……

上手に呼吸もできないくらいに自分を責めて、追い詰めていた。
唯一、自分が居てもいいと思える自宅まで、もし居心地が悪くなってしまったら。

石川さんはどこで息をすればいいのですか。

私は、目の前のプリントを一枚くしゃくしゃに丸めてゴミ箱に投げ捨てた。
教員3年目の私が、ベテラン先生にわざわざ盾突くことでもない。

「あ。このまえスーパーで長野君を見たわ」
福島先生が突如、首をうんと伸ばして言った。
「小学生の弟さん連れて。たしか特別支援級でしょ。お母さんも病気がちなんだよね? もしかしてさ……えーっと」
福島先生は眉間にしわを寄せ、こめかみを押さえて考え込んだ。そこに山形先生が指を一本突き立てて声をあげる。
「あれだ。ほら、流行はやりの。ヤングケアラーってやつ」
福島先生も「それそれ!」と言ってスッキリしたような顔を見せた。

流行はやりの――。

私は苦笑いで続きの会話に耳を傾ける。
「でも長野は悲惨な家庭だと思われたくなくて隠すタイプだな」
「本人からSOS出してくれないと難しいよね。虐待とも違うし」
「親に確認したらもっと大変だぞ。『子供が家の手伝いするのは当たり前でしょ? キーッ』て」

想像を膨らませて盛り上がっている先生方を余所に、私は長野君の少し窮屈そうな制服姿を思い返していた。

病気のお母さんの代わりに食事を作り、手のかかる弟の世話もする。それなら部活や宿題をやる時間なんてないんだろう。ましてや自由時間なんて。

長野君、可哀想――。

「そういえば来月ヤングケアラーについての研修あったね。県教委の」
福島先生の言葉にハッと我に返る。
そんな研修、あったっけ。
慌てて校内メールを探ろうとすると山形先生が天井を仰いで言う。
「めんどっ。もう授業のことだけ考えたい。つぎつぎ新たな課題が出てきて、その度に研修しろ、対応しろって言われても無理! 秋田先生も、部活で手一杯って断ればいいよ」
まだ教員として上手に立ち回れない私を心配したのか、「それがいいよ」と大きく頷くふたりに合わせて、私も頷いた。



職員室の私は、結局ずっと愛想笑いをしていただけだ。
とぼとぼと、長野君の住む団地の敷地内に足を踏み入れると、ちょうど弟と歩く長野君にばったり出くわした。
「あ、秋田先生。こんちは」
いつもの笑顔を見せてくれた彼に安堵し、「ちょっといい?」と近場のベンチに座らせ、通知表の入った封筒を渡しながら評価の説明をした。
長野君はただ「すっかり忘れてた。すみません」と謝るだけで評価は気にしてない様子だった。

弟の悠人はると 君は隣で『太陽を創った少年』という本を夢中になって捲っている。
「難しそうな本ね。漢字、読めるの?」
悠人くんはチラっと私を見ただけで、また本に目を落とした。
「買ったらすぐ読みたいタイプで。悠人、めっちゃ頭いいんですよ」
長野君は自慢げに言った。

「僕、悠人といると楽しくて。学ぶことたくさんあって」
長野君の口から意外な言葉が飛び出て、思わず顔を覗き込んでしまった。
部活をサボっていることの、誤魔化しでも強がりでもない。少し遠くを見つめる長野君の瞳は、真夏の太陽をはね返すほどの輝きを放っていた。

「将来、悠人みたいな子の才能を伸ばす仕事に就きたくて。それって何の資格が必要ですか?」
私は返答に窮して首を傾けた。
「とりあえず臨床心理士とか見てたんスけど」
蔦屋書店のレジ袋から『職業ガイド』と書かれた本が透けて見えている。
「でも立ち読みしてたら、管理栄養士にもなりたいなって思って。あ、でも、どちみち学校の勉強しないとだめなんで。夏休みの課題はちゃんとやります」
長野君は頭を掻いて笑った。

《長野君、可哀想》
ここに来て話をするまで、そう思っていた。そんな目で彼を見ていた自分が恥ずかしい。まさか、こんなキラキラした瞳で将来の夢を語ってくれるなんて思いもしなかった。

彼は、家族のケアをさせられている訳ではなく、一律の課題や部活動よりも、自分にとって何が大切か、何に時間を使うべきか考えて決められる、もう、大人なんだ。
私の目にはそう映った。

少なくとも私はヤングケアラーについて無知だった。教頭に言われたら参加しようと考えていた研修。そんな気持ちで何が学べると思ったんだろう。

私にも、平等に教育の権利が与えられている。自分にとって必要なものを自ら進んで学び取るべきだと、教え子の長野君に教えられた気がした。

「私も夏休みの宿題やらなきゃ」
立ち上がって言うと、長野君は目を剥いた。
「えっ。先生も宿題あるの?」
「うん。今、思い出した」
「先生も忘れるのかよ」

そうして笑い合ったあと、弟の手を取って歩く長野君の頼もしい背中を見送りながら「さて、どの宿題から片付けよっかな」と呟いた。

頭上からはニイニイゼミの「フレェーフレェー」とエールを送る声が響いている。
私の夏休みが、ここから始まる。

(了)


今回、光栄なことにピリカ文庫さまのお誘いで「宿題」がテーマの掌編小説を書かせていただきました。
その宿題に取り組む時間は、とても幸せな、大きな学びを得られる時間となりました。ピリカ様、ありがとうございます。

ただ、強制された「宿題」に意味を見出しにくいのは大人も子供も同じではないかと思い、このような話を考えました。ちょっと説教臭かったかしら。(ちなみに不登校の評価方法は学校によって違うようです)

2000字目安とのご依頼でしたが……気づけば3300字超……オーバー分はマイナス評価で……えぇ、C評価で……。

人生、ずっと勉強の連続だ~
ってことは、ずっと楽しめるぞ~

と思う、いつまでも学生気分の豆島でした。

本文中の本はこちらです。ご参考まで。(まめしまは、かんじがおおいのでよんでません)


↓ この画像、とってもエモイですよね。栞にして欲しいです。

最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。


いいなと思ったら応援しよう!

豆島  圭 最後までお読みいただき、ありがとうございました。 サポートしていただいた分は、創作活動に励んでいらっしゃる他の方に還元します。