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イタリア館の人気は人類の本能である

大阪万博に行ったことを身の回りの友人に話すと、まだ行ったことがない人も結構いる。私は都内在住なので、興味がある人も夏休みを利用しようと思っている人が案外多い。

それで「どこが一番よかった?」とか「どこがおすすめ?」という話になる。

どこが一番良かったかというと私的にはイタリア館。
(全部を回ったわけではないのであくまで二日間自分が見た中では、とも付け加える)
どこがおすすめか、というのは聞いてくる人の性格や環境にもよるが…子供を連れていきたい人には向かないとか、並ぶのが苦手だとかさほどアートに興味がない人にはあれだけ待つのはつらいかもしれない、等と色々前置きした上で、やはり私はイタリア館をおすすめしてしまっている。

まず、外観からして特別なパビリオンである。

イタリアの都市文化を象徴する円形劇場

「国旗がなくてもイタリアだとわかる建築を目指した」と関係者がインタビューで答えている動画を観たが、長い待ち時間もこの美しい建物の中に入れるという期待で耐えられた。
待っている間ずっと眺め続けていたのでもう目を閉じてもこの形が瞼の裏に焼き付いている。とはいえただの白い建物にイタリア国旗があるだけだったらもう忘れていたと思う。佇んでいるだけで特別な存在感を放っていて、眺めながら通り過ぎる人も多かった。

そして中で待っているのはナポリ国立考古学博物館の至宝、ファルネーゼ・アトラス。

高さ約2メートル、重さ2トンもあるとこのこと。

本場イタリアのウフィッツィ美術館やブレラ絵画館に行った経験もあるのに、恥ずかしながら私はファルネーゼのアトラスの存在を今回の万博で初めて知った。
日本で初公開というのもあるが、そもそも日本で有名なイタリアの美術品はローマ、フィレンツィエ、ミラノなどに集中している。ナポリ国立考古学博物館、というよりナポリに観光に行く日本人も前述の三都市に比べたらあまり多くはないだろうし私も行ったことがない。
現地まで見に行く手間と時間を考えると、こうして万博で披露されたのは本当にありがたい。大理石という加工難易度の高いものでありながら驚異的な完成度の精巧彫刻、腹筋や布の質感やすねの筋肉の躍動感…写真ではあまり表現できなかったが、足の爪の甘皮まで見える細やかな作品に圧倒された。

これだけでも十分すごいのだが、5月18日、ミケランジェロのキリストの復活が展示品として追加された。

5月18日、黒いヴェールからお披露目される動画が話題になっていた

こちらは日本では二回目の公開とのことだが、「隠れた名作」ともいわれている。普段は観光地から離れた小さな町にあり、近年になってミケランジェロの作品と認められたとのこと。

というのも、ミケランジェロが1514~16年に制作を進めていたものの彫像の顔に黒い筋が現れたため途中で放棄し、17世紀に別の彫刻家が完成させたということらしい。作品保護のため、さほど近くでは見えなかったので、黒い影というものがどこにあるのかはわからなかったけど、完璧主義のミケランジェロらしいエピソードだ。

他にもカラヴァッジョの「キリストの埋葬」、レオナルド・ダ・ヴィンチのアトランティコ手稿等、世界遺産といってもいいのではないかというくらい貴重な展示品で彩られているイタリア館。

私が行った6月8日は平日なのに3時間待ち、今はそれ以上とも言われている。週末は4時間、5時間立って待ち続けたという話もXで目にした。

こうした人気を疑問に思うコメントもたまに目にする。
「彫刻とか油絵とかアートが好きな人はいいけど、あそこまで待つのはちょっと…」
「正直そこまでして見ても、自分にはよくわからないと思う」
「それよりはもっと待ち時間の少ないパビリオンを選んだほうが」などという意見もあった。

それでも列を作る人が後を絶たないのは、イタリア館の展示品が高尚な作品であるということがまぎれもない事実で、崇高な経験こそが人間の本来の喜びではないかと思う。

ハーバード白熱教室というドキュメンタリーで、ハーバード大学の生徒たちに教授がシンプソンズとシェイクスピアの作品をみせて感想を聞く話を観たことがある。
シンプソンズというのはアメリカ版天才バカボンというか、シンプルな絵柄で愚かな家族が送るコミカルな日常アニメ。面白いと思う人はそれなりに多く、皮肉なユーモア等が人気だが、どちらかといえば何も考えずに楽しめるエンターティメントだ。

どちらが好ましいか統計をとった所、多くの学生が「シンプソンズのほうが好き」だという意見だった。
ただし「どちらかしか一生観られないとしたらどちらを選ぶ?」というと、シンプソンズのほうが好きだと答えていた多くの学生もシェイクスピアを選んだ。

教授はその結果を選んだ生徒の一人と質疑応答を交わした。
シェイクスピアを理解するためには教育が必要で、シンプソンは誰にでも理解できる。
単に面白いと思うものを楽しむのはよい。ただ一生と言われると、単純な娯楽を楽しむだけでいいのかと思ってしまうと学生は困惑していた。
教授はそれにたいしてうなずき、人は一度教育されると、高級なものと低級なものの違いがわかるようになり、さらには、実際に低級なものより高級なものを好むようになる、と結論づけていた。

これに私自身の意見を付け加えると…。
たとえ最初から教育を受けていない状態でも、人類は「高尚になりたい」もとい「今よりよい自分になりたい」という感覚を持っているもの、本能的に上を目指してしまうものではないかとも思った。
望む、望まないを問わず、成長をしない生き物はこの世にいない。植物は芽を出して伸びていくし、動物も大きくなっていく。
人類は肉体だけでなく、知性も常に成長し続けようとしている。

インターネットやゲームやアニメ等、わかりやすい娯楽が巷にあふれていても、手軽に手に入る楽しみがあっても、人類は高尚なものに触れるという喜びを得るために努力する。
あえて大勢の人が並んでいる列に加わり、長時間立ち続けることを覚悟しながらも自分がその経験を得るまで待つという選択を選んだのは人類の知性が今も発達し続けていることだと思えば喜ばしい。

だから私は待ち時間の長さと過酷さを前置きしながらも、人に聞かれたら必ずイタリア館をすすめている。

イタリア館には歴史的価値があり、技術もすばらしい最高の作品との出会いが約束されているから。

作品が理解できない、というか、現状作品のすごさを表現できる術をもっていないとしても、イタリア館に行って歴史的な展示物を目にするという経験は高尚なものに触れる教育として、今後の人生をも豊かにしてくれると思う。

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