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正論が好きなのではない

昔からよく言われることがある。


「○○さんは正論だよね」


悪気はないのだと思う。


でも、どこか


「理屈っぽい」


と言われているような気もしていた。


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以前、こんなことも言われた。


「正論は分かる。でも人は感情で動くんだよ」


正直、その時は意味がよく分からなかった。


感情で動くのは当たり前だと思っていたからだ。


私だって感情で動く。


人の気持ちも大事にしたいと思っている。


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では、なぜ私は


「正論だ」


と言われるのだろう。


最近、その理由が少し分かった気がする。


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私は正論が好きなのではない。


納得できる判断をしたいのだ。


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仕事で何か問題が起きる。


すると私は、


まず原因を考える。


誰が悪いのかではない。


なぜそうなったのかを考える。


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数字が悪い時も同じだ。


結果だけを見ても仕方がない。


なぜ数字が下がったのか。


何が原因だったのか。


そこを知りたい。


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人の問題も同じだ。


部下がミスをした。


その時も、


「気を付けろ」


で終わらせたくない。


なぜそのミスが起きたのか。


仕組みなのか。


教育なのか。


コミュニケーションなのか。


つい考えてしまう。


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私は昔から、


根本原因を探す癖がある。


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だから、


「そういうものだから」


と言われると苦しくなる。


納得できないからだ。


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逆に、


たとえ自分にとって不利な結論でも、


理由が分かれば受け入れられる。


納得できるからだ。


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振り返ると、


私は答えを探していると思っていた。


でも違った。


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本当に探していたのは、


納得だった。


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そして今回、さらに気づいたことがある。


私は論理で動いていると思っていた。


しかし実際には違った。


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私は、


「納得したい」


という感情で動いていたのだ。


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考えてみれば当然だった。


原因を探すのも、


本質を考えるのも、


筋を通そうとするのも、


正論を使うのも、


すべて目的は同じだった。


自分が納得したい。


その感情を満たしたかったのだ。


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以前、


会社の暑気払いで参加するかどうか迷ったことがあった。


最初は欠席しようと思っていた。


しかし戸締まりの担当を代わってもらえることになった。


すると欠席する理由がなくなった。


だから参加した。


上司に言われたからではない。


その方が自分で納得できたからだ。


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もしあのまま欠席していたら、


今度は別のモヤモヤが残っていたと思う。


戸締まりの問題は解決したのに、


なぜ欠席したのだろう。


そんなふうに考えていたはずだ。


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つまり私は、


嫌だけどやる。


好きだからやる。


ではない。


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自分が納得できるかどうか。


その感情を基準に判断している。


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だから昔から、


「○○さんは正論だよね」


と言われてきたのだと思う。


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でも実際には違う。


私は正論が好きなのではない。


納得が好きなのだ。


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人それぞれ判断基準は違う。


私の場合は、


正しいかどうかより、


自分で説明できるかどうか。


自分で納得できるかどうか。


そこが大切なのだと思う。


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答えを探していると思っていた。


本当は、


納得を探していた。


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この気づきは、


これからも私の判断基準になる気がしている。


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最後まで読んでいただき、ありがとうございました。


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