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【僕は片付けが出来ない】エピローグ:私も片付けが出来ない



春が来た。
あの人がいなくなってから、はじめての春だった。

研究室の窓際には、彼が残したマグカップがそのままになっている。

なぜか欠けているコップの縁に、何度も手を切っていたこと思い出す。
あのとき、彼は笑っていた。

「殺し屋のくせに、僕ってこういうとこで死にそうですよね」って。

あの人の最後の表情は――あたたかかった。

静かに目を閉じると、あの日の光景が浮かぶ。
苦しみもなく、痛みもなく、ただ、眠るように。
私の薬は、ちゃんと効いていた。

記憶は残したまま、痛みだけを取り除いて。
彼はすべてを知ったうえで、私の腕の中で逝った。

……あんな顔、見たことなかった。

それでも、私は生きている。
この研究も、データも、名前もすべて変えて。
世界の片隅で、“片付けられなかった者”として。

あの人が言ってくれた。
「完璧に片付けてやる」って。
私を、守るように、全部まとめて。

でも――
彼が遺していったものを、私はまだ片付けられていない。
部屋の隅に置かれた鞄、血の染みたコート、そして最後の笑顔。

あれは、私の中に刺さったまま、抜けない。

人の痛みを片付ける薬なんて、きっと本当は幻想だった。
けれど、もしあの日、彼が少しでも“楽”になれたなら。
それだけで、私はもう十分だった。

はぁ。私もまた、片付けが出来ない側の人間だったんだ。



春の暖かい風が吹き抜ける。

机の上の書類が舞い、写真が落ちた。

拾い上げると、そこには、彼と並んだ私が写っていた。
どこか、ぼやけた光の中で。

涙が止まらなかった。
拭っても拭っても溢れてくる涙。

私はそれをそっと胸元にしまい、目を閉じる。


――まさかこの薬を自分に打つとは思わなかったなぁ。 

“痛みを消す薬”。



薬は完璧だった。
彼が死んだ痛みは、どこにもなかった。
でも、記憶だけは残っていた。
楽しかった彼との日々。

彼の笑顔だけをよく思い出す。


…………彼は一体どこへいってしまったのだろう。



――あなたの残した世界で、私はまだ、生きています。


———— 完 ————

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