長崎歴史文化博物館
はじめに
今回、出張で長崎を訪れることになりました。
実家が長崎にあるため、三連休を利用して両親の顔も見てこようと、あわせて帰省することにしました。
ただ今回は足となる車がなく、実家もかなりの田舎にあるため、自由に動き回ることができません。
そこで、普段はあまり利用しない公共交通機関の路線バスで行ける範囲の中から、自分の興味のある場所を訪ねてみることにしました。
というわけで、今回、私が行った場所は、長崎歴史文化博物館です。
長崎の歴史といえば、やはり南蛮貿易。
南蛮貿易といえば大航海時代です。
きっと大航海時代の海や交易の様子が数多く展示されているに違いない!
そんな事を考えながら、長崎歴史文化博物館へ向かいました。

(今回の写真はアクションカメラの超広角モードで撮ってしまっていたので、画面端の曲率が高いのはご勘弁ください。)
常設展示 歴史文化展示
南蛮貿易とキリスト教

長崎が晴れやかな歴史の表舞台に登場するのは、戦国時代の南蛮貿易が始まった頃だそうです。

展示は、キリスト教の伝来から始まり、江戸時代の終わり、場合によっては明治初期にまで及びます。
屏風絵による記録はとても分かりやすく、当時の空気感がよく伝わってきます。
南蛮貿易時代のマカオを描いた屏風の展示では、ヨーロッパ人の従者として想像以上に多くの黒人が描かれていて驚きました。
そして、刀を差した日本人のような人達が歩いているのを見て、当時の海外で活躍していた日本人がいたことに思いを馳せました。
昔のマカオは、きっと長崎以上に色々な文化が混沌としていた場所なのでしょう。(偏見)

交易品
交易品のコーナーでは、砂糖袋、漢方、香木などの交易されていた品々が展示されていました。
さすがに動物そのものは展示されていませんでしたが、とんでもない動物が日本に持ち込まれていた事を知り、驚きました。
アルマジロ、ヒクイドリ、ダチョウ、さらには像、、、さすがに像の献上品は追い返されたらしいですが、当時の日本人は見たことも無い動物をどのように思ったのでしょうか。
当時の長崎の井戸端会議が気になります。

一方、日本からは銅や銀、漆器などが輸出されていたようです。
そしてこのような芸術品が高い工芸品も日本から輸出されていたのですね。
螺鈿細工がバッチリの文飾机(もんしょくづくえ)が圧巻です。

フリーメーソンの文箱なんてものもありました。
これを作った人は、何を作らされているのか不思議だったのではないでしょうか。

さらには、螺鈿細工が見事な花鳥風月図の五段重もありました。
こんな五段重にお弁当を詰めて花見ができたら、風情があることでしょう。
しかし、西洋では五段重を使うのでしょうか。

常設展示 長崎奉行所
貿易に関する展示の他に、時代劇でおなじみの「長崎奉行所」に関する展示もありました。

展示の前半では、一般常識のように崩し字の記録がさりげなく展示されていて、
うむ、全く読めん!
という感じでしたが、要点は現代語で丁寧に解説されており、概要は理解できます。
それでも、原文をすらすら読めたなら、もっと当時の雰囲気なども楽しめるのだろうな、と少し自分を残念に感じました。

展示の最大の見どころは、復元された長崎奉行所の建物だと感じました。
一般的な日本家屋と比べると、廊下の幅がかなり広く感じられました。
奉行所なので人が頻繁に行き交ったためでしょうか。
それとも、交易品の搬入・搬出を想定した造りだったのでしょうか。
想像がふくらみます。

さすが長崎奉行所、(鬼滅の刃 無限城編に出てきそうな)立派なお部屋です。

交易品を検分する部屋も再現されていました。
品々が整然と並べられ、その場で一つ一つ、帳面の書き付けを見ながら確認していた様子が目に浮かびます。
この様子、大河ドラマの平清盛で観たことがあります。
交易品の検品の風景は、平安の頃から変わらないのだなと思いました。

おわりに
今回、長崎歴史文化博物館の展示を見て、私にとって最も印象に残ったのは、長崎奉行の俸給の高さでした。
長崎奉行というと、現代でいえば公務員のような存在です。
公務員なのにそんなに貰っているの!?と。
現代の日本の総理大臣の比ではないです。
アメリカ大統領の年俸と比べても(最大で)10倍ぐらいあります。
さらには、交易品を安値で買い付けて、江戸で売る、なんて特権もあったらしく、今では考えられない制度です。
長崎奉行だった遠山景晋の実子、北町奉行の遠山の金さんが時代劇で有名ですが、金さんは本物のお坊ちゃんだったのですね。
そりゃ遊び人にもなりますわ〜、と妙に納得してしまいました。
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