未登録宇宙ログ:『助けたかった宇宙人』
「あの人は宇宙人だった。」
これは「宇宙人みしまの観察日記」・前日譚
(ぜんじつたん)。
支援職になる以前のわたしが、
まだ線を引けなかった頃の記録。
一緒に壊れてしまいそうだった関係、
手を伸ばし続けた日々、そして——
会わないと決めた今、なお疼く記憶のパルス。
書くことでしか証明できない痛みがある。
忘れないために、あの日の煙のことも書き残す。
未登録宇宙ログ『助けたかった宇宙人』、発信。
彼は、遠くの地からやってきた。
今いた場所に、もう居場所はなかった。
逃げるようにして、わたしのもとへ現れた。
家族はいた。けれど、名ばかりだった。
職場では事故が起き、仕事も信用も失った。
心も、行き場もなかった。
かわいそうだと思った。
それだけだった。
「うちに来たらいいよ」
わたしは、迷いなく言った。
彼は、その言葉を頼りにやってきた。
「少し休んだら、仕事を見つけて自立する」
そう意気込んでいた。
でも——彼は、宇宙人だった。
地球では、彼に合う仕事がなかった。
ようやく見つけた住み込みの正社員。
喜んで出発した。
けれど、3日後には戻ってきた。
初日はなんともなかった。
でも、次の日から、職場に行けなかった。
心が、動かなかった。
一緒に過ごすうちに、違和感が見え始めた。
朝は明るく元気。
でも、夕方になると沈んでいき、
部屋の中をそわそわと歩きまわり、
やがて、何かに怯えるように呟き出した。
「助けて…殺される」
そう言って、頭を抱えてうずくまり、
布団にくるまって、朝まで出てこなかった。
彼は、幻聴に悩まされていた。
女の声が、包丁を持って近づいてくるという。
姿は見えない。けれど、“来る”のだと。
以前住んでいた場所では、
「精神的な病院」に通っていたらしい。
でも、
当時のわたしには“精神科”も“病識”もなかった。
ただ、「なんとかしなきゃ」
その焦りだけが、わたしを突き動かしていた。
病院に行ってほしいと強く頼んだ。
無理やり行かせようともした。
けれど、彼は拒んだ。
そのすぐあと、
彼は自分の手首を切った−−。
震える手で、精神科に電話した。
「…友人が、自傷しました」——それだけを伝えた。
すぐに、入院となった。
“自殺企図”と呼ばれた。
数日後、病院から連絡があった。
「こちらの住所では支援が難しい。
ご友人であるあなたに、迎えに来てほしい」
わたしは、迷った。
また繰り返すのではないかと。
でも——放っておくことのほうが、もっと怖かった。
だから、迎えに行った。
けれど、家の中はまた荒れた。
彼の心も荒れていた。
そしてわたしの心も、限界を迎えた。
市の相談窓口に助けを求めた。
紹介されたのは「生活保護」。
彼には、頼れる家族も、帰れる場所もなかった。
やがて彼は、
電車で10駅離れた精神病院へ入院した。
「もう、会わない方向で」
ソーシャルワーカーは、そう言った。
最後の日。
病院の前で、
ポケットの中のタバコの箱を取り出して、
一本だけ、丁寧に抜いた。
夕方の決まった時間じゃなかった。
この日は、空も風も、妙に白くて、
“いつも”が通用しない日だった。
火をつける手が、少しだけ震えていた。
けれど煙は、迷わず空へ昇っていった。
わたしは、ただ吸った。
胸の奥に残った何かが、
少しずつ形をなくしていくのを、
ただ、見送るように。
その一服は、
ひどく静かで、
ひどく、優しかった。
それ以降——
彼がどうなったのか、わたしは知らない。
いまのわたしは、
支援者として線を引くことを知っている。
けれど、あの頃は違った。
ただ、「手を伸ばしたい」
その思いだけで動いていた。
線なんて、引けなかった。
そして今も、彼の記憶が、
心のセンサーを叩く。
周期は不定。
けれど確かに——
それは、パルスのように。
−−−−
ーーー。
ほんとうを言えば、
「もう会わない」と決まったとき——
わたしは、少しだけ、ほっとした。
それは、あの人のせいじゃない。
自分の命を守るためだった。
あの関係のまま進んでいたら、
わたしのほうが、壊れていたと思う。
だから、あれは“安堵”だった。
助かった、と思った。
それが、真実だった。
でも、今こうして——
わたしは、その人がいないことをいいことに、
この話を記録しようとしている。
会いたいとは思わない。
それでも、書きたいと思ってしまう。
そして、それが誰かに読まれることを、
少し怖れている。
心が、痛む。
けれど、それでも書くのは、
たぶん——ほんとうの、ほんとうの自分が
「あれはたしかに、あったことだ」って
誰かに、そして自分自身に、証明したいからだ。
それだけは、うそにできなかった

#宇宙人みしまの観察日記 #ズレいけ
#ズレたまんまで行けよ
—記録終了:未登録宇宙ログ01—
“星図未掲載・応答信号保留中
…他のログにも、記録は残っている。
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