【ぼくの超日常#18】ピロピロー理論
子どもと遊んでいるとふと思うことがある。
一体それの何が
おもしろいのだ?
石を並べる遊び。
土をサラサラする遊び。
実をバラバラする遊び。
などなどなど……挙げればキリがない。
ぼくも子どもの頃はそういう遊びが好きだったのかもしれないが、いつの間にかそれらの面白みを忘れてしまったようだ。これは少し寂しいことなのかもしれない。
そして子どもが遊んでいる姿をジィーッと見ていると、遊びの中には延々とやり続ける遊びと、割とすぐ飽きる遊びがあることに気付いた。
割とすぐ飽きる遊びというのが、意外にもおもちゃ遊びだったりする。これはウチの子だけなのだろうか?分からん。
ただ一概におもちゃ遊びと言っても、風船とかシャボン玉とか積み木とかはやたらと熱中してやる。すぐに飽きるのはおもちゃ屋さんでわざわざ買ってきた、音が鳴ったりピカピカ光ったりするものだ。
うーむ。
ひょっとして……
余白か?
そう思った。
いわゆる名文の多くがそうであるように、程よい余白は読み手の想像力を刺激し、書かれていること以上の広く深い世界をぼくたちに提供してくれる。
そういう余白みたいなものが遊びにもあって、一見するとナンジャソレ?みたいな遊びの方が余白が広くておもしろいのかもしれない。
長男(3歳)がピロピロ(吹き戻し)をさっきから飽きもせずひたすらやっている。もうヨダレでベチャベチャ。ピロピロじゃなくでピチョピチョ鳴っている気がする。なんだろね。こういう大人からすると一見意味のない行為が、実はスゴいことなのかもしれない。
─── とか何とか言いながら、単なるピロピロでここまで謎な文章が書けるのだから、これもピロピロ様のお力なのだろう。よし、この余白が絶大な力を生むという理論を「ピロピロー理論」と名付けよう。
なんかそれっぽいな。
ピロピロー理論。
え?アホっぽい?
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