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【男の育休物語#03】男の育休やってみるとこんな感じだった

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自分は2021年4月〜2022年2月まで、約11ヶ月の育休を取った。
まぁせっかく取ったし、育休を取ってみて良かったことや困ったことなどなど、細かくまとめていこうと思う。
#03は「育休の実際(4ヶ月〜6ヶ月編)」だ!


【 登場人物 】
 自 分(37歳)絶賛育休中サラリーマン
  妻 (37歳)自分の代わりにお仕事中
 長 女(  5歳)元気いっぱい幼稚園児
 長 男(  2歳)絶賛イヤイヤ期&母大好き


育休4ヶ月目(2021年7月)

育休4ヶ月目ともなると、さすがに少し余裕みたいなものが生まれてきた。子どもがグズっても、突発的な何かがあったとしても「まぁそんな事もあるよね」くらいに思えることが多くなってきた。(思えない時もあったけど。)
ただ、少し余裕があると不思議と周囲が気になったり、余裕があるのは自分が手を抜いているだけではないか?と気になったりする原因になった。

0706(火)
曇り。長男と幼稚園の体験イベントに行ったら最悪だった。帽子も靴も付けたがらず、やっとの思いで履かせても、全く歩かず、蒸し暑さも相まってずっと抱っこが辛くてイライラしてしまった。しかも周りの子たちはみんなしっかりやっているもんだから、自分の嫌なところをたくさん出してしまった。反省する。子どもには子どもの事情があるのだろう。もう少し長男にやさしくしてあげればよかった。申し訳ない。
0709(金)
くもり。夕方に雨。蒸し暑い1日だった。不快指数が高い。今季初エアコンをつけた。さすがエアコン様は涼しい。子どもたちは概ねいい子にしてくれているが、これが本当に正しい育児なのかわからない。育児より自分のやりたいことを優先させている気がするし、振り返ると子どもたちにもっと時間を割けばよかったと感じる時もある。ただ、育休取ってるんだから、育児はある程度している様な気もするし、要はよくわからない。

育休中は子どもといる時間がそのほとんどで、大人と話す時間があまりない。もし大人と話す時間があっても、子どもがグズるのであまり長く話していられない。その結果、他の子と比べてどうとか、自分の育児は正しいのかとか、些細な悩みが誰にも相談できないまま膨らんでいってしまうのだろうと思った。

ほんの少しでも周囲にいる育児をわかってくれる大人と話せればいいのだろうが、自粛生活中であったことや、前述の理由からそれがとにかく難しかった。最後の頼みの綱は妻だったが、仕事で忙しそうだとなかなか言い出すのをためらうこともあった(もちろん聞いてくれる時だってあった)。育児ストレスというのは、こうして溜まっていくのだろうと、身をもって感じた。


育休5ヶ月目(2021年8月)

8月は長女が夏休みに入った。育児に疲れたりイライラしたりすることも、もちろんまだたくさんあったけれど、自分の趣味を見つけてそれに没頭(集中)できる時間を確保できるようになっていたのが、イライラを解消する上で役に立っていた。この頃に見つけた趣味っていうのが、段ボール工作とこのnoteだった。

0819(木)
曇り時々雨。農協にスイカ割り用のスイカを買いに行ったらもう無かった。仕方がないので、玄関に飾る花を買った。シソジュースを作り、カレーの下ごしらえをし、最近ハマっている段ボール工作でペンケースを作り始めた。何かに没頭して、できた時の達成感が気持ちいい。作ったものはほとんど自分では使っていないけど。
0822(日)
曇り時々雨。昼過ぎに子どもを実家に預けて2時間ほど時間をいただいて、妻といっしょに本屋とボロい喫茶店に行った。妻はオンボロ喫茶店をいたく気に入ったようで、興奮していた。客は自分たちしかいなくて、のんびり話をしたらなんだかスッキリした。夫婦の会話って本当に必要なものだと思った。夜に地区の神社の花火をロフトで見た。なんか最高だった。もっと近くで家族と一緒に花火を見られる日が来るのが待ち遠しい。
0824(火)
曇り時々晴れ。久しぶりに妻が出勤して行った。妻がいない育児はやはり大変だった。今日は暑かったので子どもたちと一歩も外に出ず、ひたすら家の中で遊んだ。子どもはお母さんが本当に好きで、帰ってくると嬉しそうだった。四日前くらいからnoteというサイトに文章やら絵やらを載せている。今日から育休について執筆することにした。少しづつ書いて、書き切りたい。妻とも少し話したが、いつか仕事を辞めて、喫茶店かどこかでコーヒーでも飲みながら書き物をするなんてカッコいいことをやってみたい。売れっ子作家になってみたいわー。そんなことを思った1日だった。

「教育というのは協育である」と、幼稚園の先生が言っていた。妻とは普段から話しているつもりだったけど、2人きりでのんびり話せてはいなかったのだろう。自分の場合は、そんなのんびりとした夫婦の会話が育休5ヶ月目にしてようやく取れて、そこで随分と気持ちが楽になった。

本当はそんなことは無いのに、何かにつけて「自分ばかり大変だ」とか「自分ばかりがやっている」とか、人間はそういう思考に陥りがちである。ちょっとしたコミュニケーションが、そういうこんがらがった気持ちを解いてくれるのを再認識した。


育休6ヶ月目(2021年9月)

この頃になると家事全般に慣れて、自分の成長・子どもの成長を肌で感じられるようになってきた。成長の実感はやる気につながる。やる気は成果を生み出し、成果は達成感をもたらした。育児の激流の中にも、好循環を感じた月だった。

0909(木)
雨のち晴れ。朝から雨が降っていて、寒いくらいの気温だったが、昼前にあがって少し蒸した。実家にじゃがいもをもらいに行ったら、急にまた雨が降ってきて、そしたら長女が気を利かせて傘を届けてくれた。なんか、驚きもあったけれど、こうして大きな傘を一生懸命持ってきてくれたことが純粋にうれしかった。
0920(月)
晴れ。敬老の日。もち米の稲架掛けのお手伝いに行った。天気が良くて、稲のいい香りがして、程よく汗をかいた。畑から子どもたちの楽しそうな声が聞こえてくる中での作業はとても爽快で、スッキリと楽しめた。家に帰ってからのシャワーも最高に気持ちよかった。

9月は緊急事態宣言のため、長女は結局2ヶ月超の夏休みとなった。日中子どもとひたすら遊んで過ごすのもかなりマンネリ化したけど、それでもまぁなんとかぼちぼちやっていく術を身につけつつあった。

完全なお母さん子だった長男がいつの間にか自分と一緒に寝てくれるようになったり、自分の仕上げ歯磨きを嫌がらなくなったりしていた。そういうちょっとした変化がとてもありがたく、うれしく感じていた。この子たちにとってはこの後ずっと生きていく中のたかが11ヶ月だけれど、自分にとってこの11ヶ月は神様からもらったプレゼントのようだと感じられた。

#04「育休中に気付いたこと」へつづく。


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ぢぇぃ 100円→今日のコーヒーを買う。 500円→1時間仕事を休んで何か書く。 1,000円→もの書きへの転職をマジで考える。