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秋時雨

「秋時雨 かくて寒さの まさり行く(高浜虚子)」

…私が初めて「秋時雨」という言葉に触れたのは、長野県小諸市で執筆活動を行なっていた漫画家「小山田いく」先生の作品でした。
四十年以上前の話です。

虚子は小諸に一時在住していた俳人です。
冒頭の句は、秋が深まっていく中に、徐々に冬の足音が感じられていく様をうたったものですが、小山田先生の著作である「すくらっぷ・ブック」での一話では、この「秋時雨」という季語を使いながらも、中学生の仲睦まじさが深まっていくというストーリーとして使われています。

「秋時雨」の一話の内容で特に印象的なのは、中身の多くがスラップスティックなギャグで埋められている事です。
所謂「ラブコメ」と言えるものではあります。
しかし、ただ男女の仲に固執して描くのではなく、周囲のクラスメイト達の過剰な「お節介さ」が、どこか昔懐かしく、また、歯痒くも嬉しくあるのです。

豊かな時代であったと思います。
現実は漫画のようにドラマチックには流れては行かないけれど、同じように世話焼きな生徒もいて、イジメなども有りはしたけれど、それを止めようという意思のようなものも働いていました。

成長というものは、否定と肯定を繰り返していく中で、段を重ねながら高みを目指すものです。
それが健やかであるなら、その時代は豊かであったと言っても過言無いと思うのです。

「青竹の 空に届けと 秋時雨」るみくす


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