ドレスを着たわたし、きれいでしょ?【#シロクマ文芸部】
祈ることに意味を見出しはじめたのは、中学二年生のときだった。
この佳は転校してきた初日、トカゲの標本を握りしめていた。
制服のブラウスが長袖から半袖になった頃だった。前の席に座ったこの佳の日焼けした腕と、ふりかえった時の端正な顔立ちは鮮明におぼえている。
「なにをもってそう言えるの?」
が、この佳の口癖だった。
家の方向が同じだったので、自然とこの佳とわたしは一緒に帰るようになった。
この佳の父は博物学者で、都会の生き物の研究をしていた。
標本づくしの部屋の中、この佳が唯一美しいと思ったのが青く光るしっぽだった。
ニホントカゲの幼体の標本だったわけだが、丁寧に剥がしとって以来それを握りしめていると、「力が湧いてくる」らしい。
その日は日曜日で、わたしとこの佳は電車に15分ほど揺られ、市の中心部のショッピングセンターに遊びに来ていた。
エスカレーターに乗り、婦人服売り場に着く。この佳は歩幅が広かった。わたしはカバンを両手に抱え必死についていく。
ぴたっとこの佳は立ち止まった。わたしも急停止する。
そこはドレス売り場だった。この佳もわたしも店頭のマネキンが着ていたきれいなドレスに見とれた。
ひとしきりそのドレスについて考えをめぐらせたであろうこの佳は、いつもの調子でふりかえって言う。
「あなたは中学生、わたしも中学生。でもなにをもってそう言えるの?」
それは国が定めた義務教育の年齢に相当するからだと思ったが、転校初日にトカゲの標本を握りしめていたこの佳には通用しないだろうし、わたしもなんだかそれはナンセンスだと思った。
「ドレスを着たわたしたち、誰になんとも呼ばせないわよ」
この佳は売り場にずんずんと入って行った。かかっている服を片っ端から取りだして見ていく。店内の服をぜんぶ見たところでこの佳とわたしは同じ型の色違いのドレスに決め、レジへ持って行った。
中学生が買えたわけだから4、5000円くらいのものだったと思う。帰り際、わたしはこれはドレスではなく、ワンピースではないかと一瞬思った。
わたしたちは駅のトイレで、買ったドレスを急いで着て夕方の河川敷を歩いた。
この佳が前で、わたしが後ろ。一列になってゆっくり進んでいく。その先にある、想像上のパーティー会場に向かうように。
高架橋の向こうに見えた、夕日のかたちは今でもよくおぼえている。
その時だけはわたしは「中学生」という制服を脱ぎ捨て、「わたし」になっていた。
登場するのはわたしとこの佳とそのパーティー会場だけで、教室も先生も同級生たちもエキストラだった。
とつじょ足元の草むらからニホントカゲがひょいと顔を出す。
童話に出てくる、パーティーへ向かう道中の案内人みたいだった。
「ドレスを着たわたし、きれいでしょ?」
この佳は中腰になって、そのトカゲに向かって言う。
トカゲはそのまま草むらに戻って消えていった。なぜかこの佳とわたしは自然と顔を見合わせた。
「ドレスを着たわたし、きれいでしょ?」
わたしが言う。
「ドレスを着たわたし、きれいでしょ?」
この佳も言う。
一瞬の間があって、わたしたちは笑い出した。
ケラケラケラ。カラカラ、カランコロン。夕日の中をこだましていく笑い声。ソーダ水に入れた氷みたいに転がって、淡く弾けていった。
あとで知ったことだが、ドレスとワンピースに意味的にはそれほどの違いはないらしい。でもあの時、わたしたちはそれをワンピースではなく、「ドレス」と呼んだわけだし、そう信じているかぎり、それは「ドレス」なんだと思う。
今でもハンガーにかけ、大事にクローゼットにしまっている。
「ドレスを着たわたし、きれいでしょ?」
の一言が、わたしたちの「ドレスコード」だったわけだ。
あれから十五年の月日が経ち、わたしは二十九歳になった。
もう、周りは次々と結婚していく歳になったわけだし、この佳もそうだろう。
今でもあの夕暮れの散歩や、この佳との日々を時々思い出す。
どれも青く光って見える。
でももう彼女は、トカゲがしっぽを切り捨てるかのようにどこかへ去っていった訳だし、その後の消息をわたしは知らない。
何かを握りしめることはなかったけど、自然とこの佳のうしろをついていったのは、わたしもありたいものであろうとする力を信じていたのかもしれない。
自分の心が本当の歓びに満ちる、そんな場所に行けますように。
そう祈っていたんだろうし、今でも祈ることはわたしの味方になってくれている。
