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☕なんでこの人、話が通じないんだろう?


☕話したあと、どっと疲れる相手がいる

いや、ケンカしたわけじゃないのよ。

ひどいことを言われたわけでもない。
むしろ相手は親切。
ちゃんとしてる。
言ってることも、一見まとも。

なのに。

その人と話したあとだけ、
なんかすごく疲れるの。

会話中はまだ平気なんだけど、
あとからじわじわくる。

「あれ……今日なんか、しんどいな」

って。

これ、ないかな。

傷つけられたってほどじゃない。
でも、ちゃんとラクにもなってない。

むしろ少し、
自分の輪郭がぼやける。

わたしはある。けっこうある。いや、あった。

でね、こういうときって、
最初は「自分が気にしすぎなんだろうな」
って思いやすいんだよね。

相手は怒ってない。
露骨に傷つけてきたわけでもない。
むしろ、親身なくらい。

だったら、この疲れは何なんだろうってなる。

でも、あとからじわじわ思うの。

あれ、
わたし、ちゃんと話を聞いてもらえてたっけ?

って。

話してるようで、話してなかった。

相談してるようで、いつのまにか
「正しい答えをもらう時間」になってた。

気持ちをわかってほしかっただけなのに、
気づいたら、こっちが説明不足だったことにされていたり。

まだ自分でも整理できてない思いを話しただけなのに、
「つまりこういうことでしょ?」
って、相手の解釈でまとめられてしまったり。

いや、近いんだけど。
そうじゃないんだけど。
でも、そこをもう一回説明する元気がない。

……みたいなやつ。

この積み重ねって、地味なんだけど、じわじわ削られるんだよね。

しかも厄介なのは、
相手に悪気がなさそうに見えること。

だからこっちも、
「まあ、ありがたいことではあるし」
「助けようとしてくれてるんだよね」
って受け取ろうとする。

優しい人ほど、そうすると思う。

でも、優しさって、
自分の違和感をなかったことにするために使うものじゃないんだよね。

ここ、すごく大事だと思う。

だって、本当に相手との会話が安心できるものなら、
話したあとに少し楽になるはずだから。

全部が解決しなくてもいい。
意見が違ってもいい。
うまくまとまらなくてもいい。

それでも、

「ちゃんと受け取ってもらえたな」
「いったんここに置いても大丈夫だな」

って思えたら、
人って少し呼吸がしやすくなる。

でも逆に、

話したあと毎回どっと疲れるなら。

毎回、自分の感覚を打ち消したくなるなら。

毎回、「わたしが悪いのかな」で終わるなら。


それは、ただ相手が強い人とか、
正論を言う人ってだけじゃなくて、

会話の中で、
こちらの心の居場所がなくなってる

のかもしれない。

これって、かなりしんどいことなんだよね。

しかも最初は見抜きにくい。

だって露骨じゃないから。


怒鳴るわけでもないし、
わかりやすく否定してくるわけでもないし、
むしろ「あなたのためを思って」に見えることもある。

だから、気づくのが遅れるの。

そして気づくころには、
自分の感覚のほうを信じられなくなってたりする。

「この程度で疲れるなんて、私が弱いのかな」
「こんなに親切にしてくれてるのに、違和感を持つなんて失礼かな」

って。

でも、違うんだよね。

疲れる相手には、疲れる理由がある。

しんどい会話には、しんどい構造がある。


そこを見ないまま、
自分の繊細さだけを責め続けると、
人間関係ってどんどん苦しくなる。

昨日、有料記事では、こういう

「話が通じない」
「こちらの意思や感覚が通らない」

相手について、
もう少し踏み込んで書きました。

☕「あなたのためを思って」と言う人に疲れたら
― 話が通じない人の正体と、優しい人が損をしないための境界線

この記事では、

・なぜ“いい人っぽいのに疲れる”ことが起きるのか
・相手の中にあるコントロールの気配
・本性が出やすい場面
・優しい人が自分を守るための考え方と距離の取り方

このあたりを、体験ベースで整理しています。

「気のせいかも」で飲み込んできた違和感に、
ちゃんと言葉を与えたい人へ。

人間関係で何度も疲れてしまう人へ。

そんな人に読んでもらえたらうれしいです。


#人間関係 #境界線 #HSP #繊細さん #違和感 #いまあなたに伝えたいこと


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