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私たちは、きっと何度も出会ってきた。夫をツインソウルだと思う理由

私は、夫(フランス人)とはツインソウルであると感じています。

過去世から続く腐れ縁、とでも言えばいいのでしょうか。
同じような価値観を持ち、同じような課題を抱えて今世を生きている同志。

本質的にはとてもよく似ているのに、ところどころは正反対。

だからこそ、一緒にいることで人生の喜びも学びも何倍にも広がっていく。そんな関係だと思っています。


あの日、たった一つ空いていた席

まずは私たちの出会いから。

当時の私は彼氏と別れたばかりで、仕事にもすっかり消耗し、人生そのものに疲れていました。

それでも、絵を描くことだけは私の生きがいでした。
描きながら、心のどこかでこんな願いを抱いていました。

「たとえ世界でたった一人でもいい。絵を通して深く通じ合える人と出会いたい。」

恋愛というよりも、表現を通して心の奥で響き合える誰かに出会って話をしてみたい…そんな思いでした。

振り返ってみると、その願いも思いがけず叶っていたのかもしれません。

アーティスト仲間と東京の小さなギャラリーで展示会を開く日。
仕事帰りで心身ともに限界だった私は、「今日は行くのをやめようかな」と何度も思いました。

でも結果的に行って本当に良かった。そこで夫と出会えたからです。

夫は日本旅行中で、宿泊先で仲良くなった他の外国人に誘われて、そのギャラリーへ遊びに来ていました。

展示だけでなく、音楽や舞踏のパフォーマンスも行われていて、私が遅れて到着した頃にはすでに会場は満席。

けれど、不思議なことに夫の隣の席だけが空いていました。

「ここ、座ってもいいですか?」
「もちろん!」

そう笑ってくれた夫の笑顔に、まず心を奪われました。

隣で夢中になって写真を撮る姿を見ながら、「カメラマンなのかな」と思いつつ、なぜだか気になって仕方がなかったことを今でも覚えています。

その後のパーティーで私から何気なく話しかけたことをきっかけに、会話はどんどん弾みました。好きなものや考え方に驚くほど共通点があり、何より私の絵をとても気に入ってくれました。

実はその頃、私はパリ旅行を計画していました。
結局は予算の都合で行けなかったのですが、もし実現していたら、夫とはフランスと日本ですれ違っていたはずです。

そんな偶然をひとつつひとつ振り返るたびに、「出会うべくして出会った」と思わずにはいられません。

その後、夫が帰国するまでの約2週間、デートを重ねました。
気付いたころには、すっかり恋に落ちていました。

私にとっては見慣れた日本の風景が、夫の目を通して見ることでこんなにも美しく輝いて見えるのかと、何度も感動したことを鮮明に覚えています。


そして迎えた帰国の日。
空港のセキュリティチェックの手前まで一緒にいて、見送った瞬間、自分の身体の一部が引きはがされるような喪失感に襲われました。

その後は私がフランスへ会いに行ったりもしながら、約2年間の超遠距離恋愛を続けました。

一度は破局もあったものの、友達としてつながり続ける中で、お互いの大切さを改めて実感しました。

そしてフランスで同棲を始め、結婚し、今に至ります。


一緒にいるだけで、自分が変わっていく

夫をツインソウルだと思う理由の一つは、一緒にいることで起こる数え切れないほどの癒しや気づき、そして成長です。

フランスへ移住したばかりの頃、私は堰を切ったように激しく泣き出すことが頻繁にありました。

理由を言葉にできないまま、それまでの人生で溜め込んできた感情を一気に吐き出すように。あれは壮大なデトックスだったのだと思います。

生まれ育った日本を離れ、人生のパートナーと新しい人生を始める。
その大きな転換が、心の奥底に眠っていたものを一気に溶かしていったのでしょう。
そんな私の話を夫はただ静かに聞き、そばに居続けてくれました。

海外で暮らすこと自体も、私の人生観を大きく変えました。

何か大事件があったわけではありません。
じわじわと少しずつ、気づけば、自分が当たり前だと思っていた固定観念がほどけていました。

自分のアイデンティティと向き合う機会もたくさんありました。
私は何者でもない。
そのことを悟った瞬間は、大きな挫折であり、絶望でもありました。

でも同時に、何者でもなくても存在していい。
何者でもなくても愛される

その感覚を知れたことが、私の人生で最も大きな意識の転換だったように思います。


私たちは、お互いの足りないところを持っていた

私たちは、お互いに苦手な部分がはっきりしています。
でも不思議なくらい、その苦手なところが重なりません。

たとえば私はお金のことが本当に苦手。
一方で夫は、お金が大好きで良い意味で貪欲です。
夫のおかげで、思いもよらない形でお金が巡ってきたことも、一度や二度ではありません。
(念のため断っておきますが、悪いことをしているわけではありません)

夫は、勤務先や上司とのトラブルによく見舞われてきましたが、そのたびに最後まで戦い、きちんと勝ってきました。
その姿を見て、私は「理不尽には屈しなくていい」「正当な権利は主張していい」という学びを得、目から鱗が落ちるほどでした。

そして何より、夫は惜しみない愛情表現をしてくれます。
戸惑ってしまうくらいまっすぐで、これまで経験したことがないほど大切に扱ってくれました。


…では私は夫に何を与えられているのだろう、と考えることがあります。
少なくとも、夫の心の尖っていた部分は少しずつ丸くなったように感じます。

出会った頃の夫は、不条理を見ると黙っていられない人でした。
家族や友人には驚くほど優しく純粋なのに、外の世界の理不尽さには一切妥協しない。
時には道端で見知らぬ人に物申すことがあったり、ある時には殴り合いにまで発展したこともあったり…。
それと比べるとすっかり穏やかになりました。


そして私たち二人とも、根強い思い込みや固定概念に縛られていましたが、お互いの視点を共有することで、ずっと柔軟になったと思います。


言葉を超えて伝わるもの

いつもではありませんが、本当に大切な場面ほど、お互いが感じていることや考えていることが、自分のことのように分かる瞬間があります。

言葉も文化も違うのに、不思議なくらい伝わる。
だからこそより強く、“通じ合っている” と感じられるのかもしれません。

私たちは幼少期の経験にも共通点がありました。
本質的な性質もよく似ています。
だから半生を通して感じてきたことも、自然と似通っていたのでしょう。


そして私は、その背景には過去世からのつながりもあると感じています。

フランスのどこかで画家として生きた人生。その時も夫とはパートナーでしたが、悲しい別れを迎えました。

また別の人生では、今私たちが暮らす南フランスで、私は宗教家として、夫も近しい立場で生きていたようです。

おそらく宗教弾圧によって命を落とした人生だったと分かったこと、その舞台がまさに今住んでいる土地だったことに鳥肌が立ちました。

そして同時に、深い納得感もありました。

「なぜ私は夫との出会いによって南フランスへ導かれたのだろう。」
その答えを見つけたような気がしたのです。


不思議なくらい、同じ試練が訪れる

過去世からの視点を続けると、私たちが今世で取り組むテーマは、インナーチャイルドを始めとした、心の傷の癒しなのだそうです。

私はフランスへ移住する際、父と激しく衝突しました。
憎み合い、勘当寸前まで関係が悪化しましたが、距離と時間をおくことで、そして自分のインナーチャイルドの傷と向き合い癒したことで、今では良い関係を築けています。

その後、今度は夫が同じようなプロセスを歩み始めました。

周囲から見れば理想的に見えた家族。
けれど実際には、長年積み重なった深い傷があったのだと知りました。
とある時期を迎えて急に噴出した、夫の両親への強い反発。
どれだけのものを抑え込んでいたのだろうと想像し、私も胸が締めつけられる思いでした。
(こちらも少しずつ関係は修復へ向かっています。)


仕事でも、不思議なくらい似た試練が巡ってきます。
私が先に経験することもあれば、夫が先のこともあります。

片方が何かを学ぶと、時間差でもう片方にも同じテーマが訪れる
そんなことの連続です。


そしてこれからは、私が経験した「海外で暮らす」という挑戦を、夫が日本で経験する番です。

その経験が夫に何をもたらし、そして私にどんな新しい学びを与えてくれるのか。
今から楽しみにしています。


今でも、一番の理解者

「出会ってくれてありがとう。」
「自分は本当に運がいい。」
「奇跡みたいな出会いだったね。」

そんな話を、今でも時々二人でしています。


出会って9年。結婚して7年。

すっかり熟年夫婦のように落ち着いて、時にはお互いを少しうっとうしく感じる日もあります。

それでも夫は、私にとって一番の理解者であり、味方であり、同志であり、親友であり、人生を共に歩むパートナーです。

だから私は、この人とはツインソウルなのだと感じています。



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