頑張らない私にも、価値はあった
私は長い間、
頑張ることが
当たり前でした。
頑張ることが
良いこと。
頑張ることが
正しいこと。
頑張ることで
認められる。
そんなふうに
思っていました。
だから、
疲れていても
頑張る。
苦しくても
頑張る。
休みたくても
頑張る。
それが
私の生き方
でした。
でも今
思うのです。
私はいつから、
頑張らない自分には
価値がないと
思うようになった
のだろう、と。
振り返ってみると、
私はいつも
何かを背負って
いました。
もっと
頑張らなきゃ。
もっと
ちゃんとしなきゃ。
もっと
できるように
ならなきゃ。
そんな声が、
いつも心の中
にありました。
そして
その声に従って、
私は一生懸命
生きてきました。
もちろん、
そのおかげで
得たものも
たくさんあります。
経験も。
学びも。
出会いも。
だから
頑張ってきた自分を
否定したい
わけではありません。
ただ、
ひとつだけ
勘違いしていた
ことがありました。
それは、
頑張っている
私にしか価値がない
と思っていたことです。
本当は、
笑っている私も。
泣いている私も。
何もしていない私も。
ぼーっと空を見ている私も。
同じ私だったのに。
私はずっと、
頑張る私だけを
認めていたのです。
最近になって、
少しずつ
思えるように
なりました。
頑張らない日が
あってもいい。
休む日が
あってもいい。
何もしない時間が
あってもいい。
それで私の価値が
なくなる
わけではない。
むしろ、
そんな時間が
あるからこそ、
私は私らしく
いられる
のかも
しれません。
昔の私は、
価値を
証明しようと
していました。
でも今は、
価値は
証明する
ものではなく、
もともと
そこにあった
のだと思います。
生まれた時から。
何かを
成し遂げる前から。
誰かに
認められる前から。
ずっと。
だからもし今、
昔の私に会えるなら、
こう伝えたいのです。
「そんなに
頑張らなくても
大丈夫だよ」
「あなたには、
もう十分価値があるよ」
と。
そしてこれからは、
頑張る
私だけではなく、
のんびり
している私も。
迷っている私も。
何もしていない私も。
まるごと
大切にして
生きていきたいと
思うのです🌙
