僧侶女優にクリスチャンライターが質問してみた!髙柳美里さんインタビュー【前編】
浄土真宗大谷派の僧侶であり、舞台を中心にアニメ・ドラマでも活動する俳優・声優 髙柳美里さん。
異色の経歴に惚れ込んだライターのわたくし多木瑠都(おおき・るつ)が、無理やり依頼した独占インタビュー企画です!
多木は禅宗寺院の長女でしたが、プロテスタント教会で洗礼を受け、クリスチャンになりました。
ペンネームの瑠都なんて、旧約聖書のルツが由来の自主的洗礼名です。
(お前も異色だな。以下自分の名前は"るつ"で統一)
一度は仏教にすがりながらも、救いを見出せなかった私に、なにか示唆を与えてくれそうな予感がしたのが美里さん。
独自の死生観や僧侶女子の経歴、お寺女子ならではの気質に迫ります!
小学生で得度⁉大卒後は准堂衆(じゅんどうしゅう)として研鑽中

真宗大谷派の寺院の長女として、小学校4年生で得度。
大谷大学を卒業、お声明(しょうみょう)の研鑽に励む。
屋外のお写真はご本人提供。
出演作↓
舞台『悪役令嬢〜ヒロインはじめました〜』
TVアニメ『魔法少女ふらぴゅあ』
ドラマ『青春バルブ』etc.
Xアカウント(@33mst_t )
インスタアカウント(33mst.t)
るつ
自己紹介をお願いします!
美里さん
石川県輪島市のお寺で生まれ、小学4年生で得度しました。
京都の大谷大学に進学し、大谷派教師資格を取得。
卒業後は准堂衆(じゅんどうしゅう)を目指して、お声明(しょうみょう)の修行をがんばっています。
【仏教ワード解説!】
得度…仏門に入り、正式に僧侶になるための儀式。
准堂衆(じゅんどうしゅう)…主に真宗大谷派(東本願寺)で、本山の重要な法要に出仕し、お勤めをサポートする僧侶や門徒。
声明(しょうみょう)…釈迦の言葉に節(ふし)やリズムをつけた、音楽的な技巧を伴うお唱え。
声明とは - 文化デジタルライブラリー
るつ
小学校4年生で得度って、早くないですか⁉
9~10歳ですんなり得度を受け入れるのは、すごい気がします……。
美里さん
大谷派では9歳から得度できるので、お子さんは珍しくないと思いますよ。
私のころは女子大生のお姉さんもいましたね。
ご結婚された家が大谷派だったから得度される方も、男女問わずいらっしゃる印象です。
いろいろな年齢性別のパターンがあって、自由な雰囲気ですね。
るつ
仏教のかたいイメージと違いますね!
私の実家は自力本願な禅宗で、
とくに生真面目な家だったので……
少なくともうちでは、男児が成人したら継ぐ。
女児は出ていけって感じで、追い出されました(笑)。
【仏教ワード解説!】
自力本願…阿弥陀如来の力にすがる浄土真宗は他力本願なのに対し、生まれながらに自分が自然から頂戴している力で、悟りを目指すのが自力本願。
禅宗…坐禅による精神統一によって、悟りを開くことを重視する宗派。
美里さん
禅宗は真面目そうですよね(笑)。浄土真宗はかなりゆるいと思います。
私も自坊(自分が暮らすお寺)がもっと厳しい宗派だったら、
親との関係も険悪だったかもしれません(笑)。
大谷派では9歳になったら、男女問わず得度するのが珍しくなかったので、とくに抵抗はなかったですね。

筆者が結構ファンシーな部屋をチョイスしてしまったが、
終始笑顔でお話しくださいました……感謝。
役者になったきっかけは「舞台に向いてるよ!」の声。"旅の記録"としてゲーム配信も⁉
るつ
僧侶だけでなく、役者としての顔もお持ちですよね。
美里さん
幼少期からクラシックバレエをやっていて、身体表現にはなじみがありました。演劇を本格的に始めたのは、社会人になってからです。
最初は声優養成所にいたんですが、周りから「絶対に舞台に向いてるよ!」と言われて。
東京で趣味を見つけたいと思ったのもあり、上京して舞台をやってみることにしました。
るつ
「僧侶と役者、どっちもできる!」
と確信があったのでしょうか。
美里さん
僧侶は「絶対になる!」というより、幼少期からお寺のお手伝いをする感覚が当たり前のようにあって自然な流れというか、なろうと思ってなったというわけではないんですよね。
一方で、役者は「やってみたい」から始めたんです。
今はオフィスワーカーや、ゲーム配信もやっていますが、やりたいことを全部やる感覚ですね。
るつ
僧侶、役者、オフィスワーカー、ゲーム配信者……?
いつ寝てるんですか(汗)。
美里さん
普通に7時間寝ています(笑)。
僧侶やゲームは元々やっていたものなので、自分の一部として当たり前にやっている感じですね。
ゲームはほっといても勝手にやってます(笑)。
ポケモンが好きなんですが、ソフトが古くなると使えなくなるじゃないですか。
「この旅の記録を残したい!」って一心でゲーム配信を始めたら、
見に来てくださる方々がいたので、お話しすることもあります。
視聴者さんがいるのは嬉しいですが、究極的に「私の旅の記録」ですから。
コメント数がゼロなのに、ひとりで喋りつづけるときもあります(笑)。
単に好きなことを、好きなように配信しているだけですよ。

見栄えいい記事にするために存分に頼らせてもらう!
るつ
情熱の成せるわざですね……!
ただ「あれもやりたい、これもやりたい」と言いながら、
仕事や家事が忙しくてなにもできない……
って人が大半だと思います。
複数の活動を維持するための、スケジューリングのコツはあるのでしょうか。
美里さん
先に枠を決めて「平日夜9~11時は配信」としておくと、
仕事が終わったら9時までの間に、嫌でもお風呂やご飯を済ませる必要が出てきます。
祖父が計画的な人だったので、私も遺伝的にそういう気質なのかもしれません。
「この時間内で動画のサムネを作る」などとあらかじめ決めて、
他のものの優先順位もつければ、
逆にやらなくていいことも明確になるんです。
SNSの文章も1週間分まとめて作っちゃえば、あとは投稿するだけで楽だからおすすめです!
お墓、幽霊、お寺育ちならではの死生観で盛り上がる2人……僧侶ならではの現実主義な一面
るつ
気質面についてお話しいただきましたが、
お寺育ちならではのエピソードや気質はありますか?
美里さん
お寺には誰かしらがいないと常時対応できないので、家族旅行はめったに行きませんでしたね。
あとは神社のお祭りに行く習慣がなかったので、お神輿をかついだ経験もないです。禁じられていたわけではないんですが、一般的な家庭と違うところだと思います。
るつ
私は自宅にお墓があるのが普通の環境だったので、
お墓で肝試しする感覚がよくわかりませんでした。
「え、だってみんな最後はお墓入るんだよ?
なにがそんな怖いの? ってか、お墓イコール庭じゃね?」
みたいな(笑)。
美里さん
たしかに死生観は、一般家庭の子と違いましたね。
一種、死に慣れているというか。
「人は亡くなるもの」と理解するのが早かったように思います。
「まあ、人は死ぬよね」と。
諦めとも違うし、仏教用語としての使い方も違いますが、
世間一般で言う「ちょっと悟ってる」感じの気質ですかね。
あとやっぱり、僧侶はリアリストだなと。
「幽霊っていないよね」という思いがあり、
お葬式の様子も故人様は見ていないと考えます。
あくまでお葬式は、生きている人のためのもの。
「故人様のためにこれだけの事ができた」
とご遺族が満足できるよう、僧侶として脇役に徹してサポートするつもりでいます。
一生懸命お勤めするのは、目の前のご遺族にとって最善の瞬間になるようにするため。
それでご遺族の気持ちが、
「故人がちゃんと送り出してもらえた」
とやわらげばいい。
だから故人様に思いを届けたいわけではなく、
届くわけもないと思っています。
かなり……現実主義かもしれません。
るつ
スピリチュアルや占いも信じないタイプですね……!
私も「まあ幽霊がいてもいいよね」くらいの気持ちはありますが、
存在を確信しているかというとそうでもないです。
クリスチャンになってからはいつも神様に守られていると感じるので、
占いやお守りは全く必要なくなりました。
美里さん
テレビの星座占いで1位だったら「おお、やった~」と思う感覚くらいはありますが(笑)、
究極的に「この世に期待していない」のだと思います。
やさぐれているわけではないんですよ?
でも「いい子にしていたら、いい事が起こる」
なんて迷信だと思っている。
だから「こんなにがんばっているのに報われない!」
なんて気持ちにはならないです。
失敗しても「しゃあない、次いこ次」くらいの感覚ですね(笑)。

悪人正機の"悪人" は"悪い事をした人" ではない⁉ 親鸞が本当に救いたかった人とは
るつ
ちなみに禅宗では、
人は死んだ後に輪廻転生のサイクルで六道
(天道・人間道・修羅道・畜生道・餓鬼道・地獄道)
のいずれかに行き、
解脱したタイミングで涅槃に行くという考え方があります。
対して浄土真宗の開祖・親鸞は、
「南無阿弥陀仏」と唱えれば悪人だろうと誰だろうと、
そのまま涅槃に行ける「悪人正機」を唱えたイメージがあるのですが。
【仏教ワード解説!】
涅槃…煩悩がなくなり、一切の執着や苦しみから解放された者が、死後に輪廻のサイクルから完全に抜け出し(解脱)、たどり着く境地。本来はサンスクリット語で「吹き消すこと」を意味する「ニルヴァーナ」と呼ばれる。
悪人正機…煩悩だらけの悪人こそ、阿弥陀如来の救済の対象であり「南無阿弥陀仏」と唱えてすがれば、往生できるという教え。親鸞の「善人なおもて往生をとぐ、いはんや悪人をや」という言葉で知られる。
美里さん
いえ、浄土真宗にも六道輪廻はあります。
るつ
え⁉ 親鸞の悪人正機って、
悪い事した人も六道輪廻を経由せずに、
直接極楽に行けるって教えじゃないんですか(震)。
美里さん
誤解されがちなんですが、
悪人正機の悪人は「悪い事をした人」ではありません。
要約すると、
「涅槃に行くのに必要な修行を、
立場上どうしてもできない人が、
往生できないのはおかしいよね」
って考え方です。
「善人なおもて往生をとぐ、いはんや悪人をや」
の善人は、正しく修行できた人を指します。
一方悪人は、やむを得ない事情で、正しく修行できなかった人を指すんです。
親鸞聖人は、
受け皿の大きい教えが原因で北陸に流罪にされたのですが、
その地域には農村や漁村などが多く、都と違って文字も読めない人ばかりでした。
そんな人たちは「仏教とはなんぞや」の状態で、修行以前の状態ですよね。
しかも農業や漁業をおろそかにすれば生活できないから、じっくり修行する余裕はありません。
だから親鸞の「南無阿弥陀仏」と唱えるだけで往生できるという教えは、
生活のために修行ができない人たちの支持も獲得したんです。
声に出さず、心の中で唱えるだけでも構いません。
農作業中で合掌できない人は、作業しながら心の中で唱えればいい。
怪我や病気で体が動かせない人や声が出ない人、手足がない人も同様です。
悪人正機は「悪い事をした人が往生できる」
のではなく、
「信心があるけれど修行が難しい人でも往生できる」
のが本来の意味合いです。
るつ
そうだったんですね……!
悪い事をいっぱいしても赦されるっていう、
都合のいい解釈をしていた人が大半な気がします(自分もふくめ)。
しかも浄土真宗は、六道輪廻を抜きにしてエスカレーター式に極楽に行けるイメージがありました。
美里さん
都合のいい解釈をする人はそれこそ今までにもたくさんいて、
それに付随して問題も起こってきました。
もちろん真の“悪人” は往生できません。
六道輪廻はあるけれど「いい子には極楽までのハードル下げてやったぜ♪」
って感じですかね。
親鸞が陽キャっぽくて「みんなで楽しくやろうぜ、仏門入っても結婚して肉食おーぜ♪」ってノリに近いから(笑)。
るつ
お坊さんが髪の毛を伸ばしてもいいんですよね、なんかロック!
美里さん
男性は得度のときに一度剃髪してからは自由に伸ばして、
女性も得度のときに和紙で髪を束ねるくらい。
あとは自由なケースが多いですね。
るつ
見た目がかっこいいですよね!
自分も浄土真宗だったら得度してたかも。
一時期うつ症状がひどくて、禅宗の教えにすがろうと思い、
実家にある初心者向け教材を片っ端から読んだんですよ。
そしたら……悪化した(笑)。
美里さん
自力本願は、誰かに頼りたい状態では厳しいかもしれませんね。
そもそも釈迦が「人って必ず病むんだ、死ぬんだ」とこの世に絶望したのが仏教のスタート地点だから、土台がネガティブ(笑)。
キリスト教は死にも希望があって明るいですけどね。
るつ
釈迦のスタート地点を知っただけで苦しくなって、
結局私は家を出て教会にすがり、洗礼を受けて少しは明るくなりました。
まあ夫は僧侶なんですが(笑)、
別居婚でそれぞれ勝手に法事と礼拝に参加する感じでうまくやってます。
美里さん
いいですね、そういうの。
るつ
宗教はどれが良い・悪いではなく、合う・合わないがあるから、
自分が生きやすくなるものを主体的に選べればいいですね。
ただ米国では、
キリスト教福音派の原理主義がトランプ政権の基盤になっており、
キリスト教を国教にしようとの声まで聞こえています。
キリスト教に限らず一神教の極端な信者は、自分の救いを絶対視して、
周囲にもそれを信じるよう強要する傾向があるようです。
浄土真宗の立場からはどうお考えですか。
美里さん
浄土真宗以外の宗教宗派を絶対視している方に、
無理に阿弥陀様の教えをすすめることはありません。
あなたにとってはそれが救いなんですね、いいんじゃない?
ただし自分の救いを絶対視しているからって、他の人にそれを押し付けないでね。
ってスタンスです。
絶対視している宗教を盾にして語る人がいたら、
それを背負う覚悟をすべきだと思います。
あなたの宗教が素晴らしいものだと伝えたいなら、
まずはあなた自身がその素晴らしい教えにふさわしい人になってからにしてね。
と言いたいです。
るつ
私もキリスト教の伝道と強要をはき違えないよう、
まずは自己研鑽します……!
後編につづく
次回は美里さんの演技論と、最新の出演作への想いを語っていただきました!

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連載中の戯曲『緋色の桔梗』は推敲を経て、書籍化・文学フリマ販売を目指しています。サポートは制作費に使わせていただきます!※何らかの形で上演をする場合はご一報ください。