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子どもの工作イベントの準備をしていて自分がたのしんだ大人の話(その2)~4つの木切れと1枚の板切れによる空想建築2~


少し間があきましたが木切れによる空想建築の続きです。


海洋都市オッカナビックリ市庁舎
つきがきれい2025
(撮影:2015年3月 他も同じ)


京花市の五輪開発高層ビルと古い長屋


長砂浜国国防省通信施設(平時)


同上(待機中)


同上(通信中)

子どもたちに空想でもなんでもいいので建物をつくってもらい、
それらを集めてまちにしてみよう、
というイベントを当時企画しました。
(子どもたちの様子をご覧いただきたいところですが、
昨今いろいろむずかしいので控えます)
その準備中に木切れを見ていてつい自分でも遊んでしまった、
というのがこの写真です。

私の祖父母は木工で民芸品をつくる仕事をしていました。
古い家の裏にやはり古い木造の工場(こうば)があり、
中にはたくさんの機械がありました。
大きな材木を次第に小さく加工して仕上げていく
その過程において様々な道具が必要だったのでしょう。

それら機械たちの足元には木切れがたくさん落ちていました。
大きな電気のこぎり、研磨機など、その機械によって
足元の木切れの姿形や表面の状態も異なります。
木切れは木の匂いがしますがすこし香ばしい。
金属との摩擦によって多少加熱されたせいでしょうか。
子どものころは工場が稼働していない時に入れてもらっては
木切れを拾い集めて工作をして遊びました。
当時は建物じゃなくて船(しかも軍艦とか)をつくってました。

今はもう工場もなく人もいませんが、
工作の記憶や経験がこの身に残っていた、
それがこういうところにあらわれたということなのかもしれません。
意外、そしておもしろい。
そう言えば、私が建築の仕事に携わっていることとも
決して無縁だとは思えません。

ところで子ども(むかしの私)に拾われた木切れはごくわずか。
ほかの多くの木切れはどうなっていたでしょう。
工場の横に小さな小屋がありました。風呂場です。
なんと五右衛門風呂!
もうおわかりですね、風呂を焚くのに木切れが使われていました。
どこかにもらいに行ったり、適当な大きさに割ったりしなくていい。
うまいことできてます。
あぁ、昭和の暮らしよなぁ。

当時の現代っ子(私)にとって五右衛門風呂はちょっと
おっかなびっくりな面もありました。
なんせ大きな釜ん中に入るわけですから、
へたすりゃ鉄が熱い!
足元には円形の板が敷いてありますけど、隙間から高温の湯がくる。
たまに板がぐらっと動いたりもする。
そういう板とか蓋とかも祖父が手作りしたものでした。
蓋からはいい香りがしてくる。
(ヒノキだったのかも)

話がそれました。
今の子どもたちもこういう原始的?な遊び、
やってみたら結構たのしんでくれると思います。
何らかの端末機とかを手放して、
こういう木切れとかあるいは土とか花木に触れる機会を
大切にしたいですよね。

今日もここまでありがとうございます。

そして
いつもスキやフォロー、マガジン追加ありがとうございます。
個別には述べませんが感謝しています。

温度変化への対応がむずかしい、このごろ。
みなさんいかがお過ごしでしょうか。
お互いに元気に乗り切りましょう。
それでは、また


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