見出し画像

『星ヨミ樹の世界』 第14話 小さな芽吹き

#創作大賞2026  #ファンタジー小説部門

第14話 小さな芽吹き

青白い光が、
まだ薄暗い観測舎にこぼれていた。
足もとで、灰色の耳がぴくぴくと動く。
ミロが片目を開けていた。

「……おはよ」

「おはようございます、ミロ」

フィオナは小さく返事をして、
毛布の中から体を起こした。

寝台のそばには、
昨夜そろえて置いた白い靴がある。
それを見ただけで、
胸の奥が少しだけあたたかくなった。
フィオナはそっと靴を履いた。

光は、部屋の端に置かれた
透明なドームからこぼれていた。

その中には、白銀の歓迎の葉がある。
けれど、昨日とは少し違っていた。

「……あ」

フィオナは思わず声をこぼした。

葉の端から、細いものが伸びていた。
糸みたいに白く、頼りなく、
けれどたしかに生きているもの。
それは透明な皿の上で
光の粒を抱くように震えていた。

「根だ」

背後から声がした。
ナビエルだった。

いつの間に来ていたのか、
白い衣の裾を揺らして、
観測デスクのそばに立っている。

この人は、いつ眠っているんだろう。
フィオナは少し心配になった。

けれどナビエルは
少しもやつれた様子がなく、
美しい銀白色の髪が朝の光を受けて、
星の粉を含んだように淡く光っていた。

フィオナはドームの中を見つめたまま、
息をひそめる。

「……根?」

「ああ」

ナビエルはドームへ指先を近づけ、
触れずに止めた。

「葉から出た。根と芽の初期形成だ」

「葉から出るものなんですね……?」

「そういう性質を持つ葉がある。
地球にも、似たものがあって、
セイロンベンケイソウという多肉植物だ。
暖かい島で育ち、
一枚の葉から根と芽を出す」

フィオナは、その言葉を聞いて、
昨夜ユキの部屋で見た
小さな青い星を思い出した。

地球。
海。
空。
雨の音。

そして、
傷ついてもまた息を吹き返している星。

「……この葉も、同じものですか?」

「性質は似ているところも
あるかもしれない。
でもこれは星ヨミ樹の葉だ。
普通の植物とは違う。
今後どう成長していくか
記録できる機会を得たのは、ありがたい」

フィオナは少し背筋を伸ばした。
透明なドームの中の小さな葉。
昨日までは、
ただ美しく光っているだけに見えた。
けれど今は、そこから細い根が出ている。
生きようとしている。

「……星ヨミ樹の、
子どもになるんですか?」

フィオナがたずねると、
ナビエルはすぐには答えなかった。
かわりに、青い瞳でじっと葉を見つめた。

「根づけば、幼樹になるかもしれない。
まだ未知数だが」

「ようじゅ……」

「星ヨミ樹の新しい子孫だ。
ちゃんと育てば、世界がまた変わる」

その言葉に、
空気が少しだけ変わった気がした。
眠っていたシロルが、ぴくりと耳を動かす。
ミロも完全に目を開けた。

「それって、すごいこと?」

シロルが寝ぼけた声で言う。

「すごいどころじゃない」

ミロが答えた。

「……滅多にお目にかかれないことだと思う」

ナビエルはうなずいた。

「観測記録にも多くは残っていない。
途中まで育って光となって消えた例もある。
星ヨミ樹は、その存在だけで
世界の循環を安定させるものだ。
簡単に増えるものでもないだろう」

フィオナは、ドームの中の小さな根を見た。

そんなに大切なもの。
そんなに貴重なもの。

それなのに、
根はあまりにも細くて、頼りなくて、
少し触れたら折れてしまいそうだった。

「……なんだか、こわいです」

小さな声が出た。
ナビエルがこちらを見る。

「怖いなら、そっとしておけ」

その言い方は、少し冷たかった。
けれどフィオナは、
もうその言葉の奥にあるものを
少しだけ知っている。
本当に突き放したいなら、
ナビエルは最初から見せたりしない。

そして、もう一度、葉を見た。

白銀の葉。
星ヨミ樹が落とした葉。
ここに来てから、何度も見つめた。
怖かったときも、眠れなかったときも、
朝の光の中でも、夜の青い灯りの中でも。

その葉が今、根を出している。

「……わたし」

フィオナは小さく言った。
ナビエルの視線が動く。

「わたし、この葉が育つところを見たいです。
ちゃんと見て、育ててみたいです。
……できることがあるなら、
エルのお手伝いもしたいです」

フィオナは両手を胸の前で握りしめる。
言葉にすると、胸が震えた。
この根が育って成長する姿が見たかった。

そして、自分の手で、
少しでも支えてみたいと思った。

「枯らしたら、
光になって消えてしまうかもしれない」

ナビエルが言った。

「水をやりすぎても駄目だ。
光が足りなくても駄目だ。
根を傷つければ育たないかもしれない」

「……はい」

フィオナは少しだけ息を吸った。
そして、今度は顔を上げて、
ナビエルを見た。

「……わたしにお手伝いさせてください。
エルの役に立ちたいです。
葉が育っていくのをお世話したいです」

ナビエルの瞳が、わずかに揺れた。

シロルが声を弾ませた。

「フィオ、えらい!」

「いいね」

とミロも言った。

そのとき、
廊下の向こうから耳に通る優しい声がした。

「おはよう。
朝から、ずいぶん興味深い話をしているね」

ユキだった。
金の瞳にやわらかな光を宿し、
いつもの穏やかな表情で
観測デスクのそばへ来る。

シロルがぱっと顔を上げた。

「ユキ!葉っぱが根っこ出したよ!」

「うん。すごいことだね」

ユキはドームの中を覗き込み、微笑んだ。

「驚いた。私も初めて見るよ」

フィオナはユキを見る。

「わたしも葉を育てるのを手伝いたいです」

「それはとてもいいことだね、素敵だよ」

ユキの目元が、やわらかくなる。

「フィオに育ててほしいと、
星ヨミ樹もきっと思っているよ」

ナビエルが言う。

「簡単なことではありません」

「うん。だからこそ、
エルがフィオに育て方を教えるんだろう?」

ユキがさらりと言い、
フィオナを穏やかな金の瞳で見つめた。

「フィオ、エルに教えてもらうといい。
星ヨミ樹のことなら、エルが一番詳しい。
だからエルに教えてもらいながら
一緒に育ててみるといい」

「……もちろんぼくたちも協力する」

ミロが小さく言った。

「もちろん、ぼくだって!」

シロルが鼻をぴくぴく得意げだ。

ナビエルは小さく息をつくと、
透明なドームを慎重に外した。

「わかった。そうしよう。
これから植え替える。
君は手伝って」

フィオナは、ぱっと顔を上げた。

「はい、ありがとうございます!エル」

フィオナは目を輝かせて
ナビエルのそばに駆け寄った。

ナビエルは観測デスクの横にある
小さな棚を開いた。
そこには、細い硝子壺や小さな鉢、
白っぽい砂、黒い土、
銀色の粒が入った器が並んでいた。
フィオナは息をのむ。

「……きれい」

「これは星砂。保水と通気を調整する。
これは細かく砕いた樹皮。これは眠土」

「ねむりつち?」

「根が落ち着く土だ。
眠り苔を加工して少し混ぜてある。
それぞれに合った土を調合する必要がある」

「眠り苔は、前にミロとシロルが
温室で教えてくれたから覚えています。
土にも使えるんですね。すごいです」

とフィオナは感心した。

ナビエルは小さな白い鉢を取り出した。
手のひらに乗るほどの大きさで、
内側に淡い青の線が走っている。

「まず、底に星砂を薄く敷く」

フィオナは真剣にうなずいた。
ナビエルが器を差し出す。

「少しだけ入れて」

「……はい、わかりました」

フィオナは両手で器を受け取った。

「……これくらいですか?」

少しだけ星砂を鉢の底へ落とす。
さらさら、と小さな音がした。

「少し多い」

といってナビエルが分量を調整した。

「これくらいだ」

「……ありがとうございます」

「ああ」

ナビエルは次の土を鉢に入れた。

「葉の色を見る。根の向きを見る。
乾き方を見る。
昨日と同じか、違うかを見る」

「はい、わかりました」

フィオナは小さくうなずいた。
ナビエルは視線を鉢へ戻す。

この人は、
言葉とは裏腹にとても優しい。
そしていつも見守ってくれている。
フィオナが歩くたびに。
食事のときも。
眠る前も。

いつも、さりげなく気遣ってくれている。

「……エル」

小さな声が出た。
ナビエルがこちらを見る。

「エル、教えてくださり、
ありがとうございます。
わたし、がんばります」

「……礼はいい。手を動かして」

ナビエルは眉を少しよせながら
細い硝子の道具を手に取った。
透明な皿の上の歓迎の葉を、
傷つけないようにそっと持ち上げる。
フィオナは息を止めた。

葉の裏側から、
白い根がいくつも出ていた。
そしてその縁から、
小さな白い芽が顔を出しはじめている。

ほんの少しずつ。

「驚いた。成長が早いね。
さすが星ヨミ樹の葉だ」

ユキが言った。

「……芽がもう出てます」

フィオナも驚きを隠せない。

「ニョキニョキ出てる、
ほんとだ! 赤ちゃんの芽!」

シロルが小さく跳ねた。

ナビエルは歓迎の葉を、
鉢の中央にそっと置いた。

「葉は深く埋めなくていい、
そっと土をかける程度に」

「はい、エル」

フィオナは真剣にうなずいた。

ナビエルは葉の端を、
そっと鉢の中へ落ち着かせた。

白銀の葉は、
思ったよりもあたたかかった。

「……生きてる」

「ああ」

ナビエルの声はそっけない。
けれど、その手つきはとても丁寧だった。

細い根が土に触れるように、
少しずつ土を寄せていく。
芽が光を見失わないように。

フィオナもそれを真似した。

「こうですか?」

「そうだ」

ナビエルの長い指が、
フィオナの指先のすぐ横に来た。
触れそうで、触れない距離。

「土は押すんじゃない。そっとそえて」

「……はい」

フィオナはもう一度、土を寄せた。
今度は本当に少しだけ。
根のまわりに、ふわりと置くように。

「……これでいい」

その一言に、
フィオナの胸がぱっと明るくなった。

「エル、ありがとうございます」

フィオナは思わず口もとをゆるめた。

「フィオ、もうエルって呼べてるね!」

シロルが小さな声で呟く。

「そういや、そうだな」

ミロがそっけなく返す。

植え替えが終わると、
ナビエルは空中に星字を浮かべながら
何かを記録した。
それから銀の水差しを取った。
中の水は普通の水ではなく、
淡い星の光を含んでいた。

「この水は、根を支えるために調整してある」

「はい、特別なお水ですね」

「ああ。いつもこの水をあげるといい。
成長を見ながら、僕が調合を変えていく」

「はい、わかりました」

フィオナはうなずいた。
ナビエルは鉢の縁に沿って、
ほんの少しだけ水を落とした。
土がゆっくり色を変える。
白銀の葉が、淡く光った。
その光が、フィオナの指先まで届いた。

「明日から朝と夕方に見る。
土の渇き、葉の色、光の様子、
芽の向き。記録をしていく」

ナビエルが淡々と言う。

「はい」

「君は水やりと観察を。
何か気がついたら報告して」

「はい、エル」

フィオナは鉢を見つめた。
小さな命が目の前にある。
胸の奥が静かに熱かった。

ナビエルはさらりと言った。

「……慣れるまでは君に付き添うよ」

フィオナは、パッと顔を明るくした。

「はい、どうぞよろしくお願いします」

その笑顔を見て、
ナビエルの目もとが
ほんの少しだけゆるんだ。
フィオナは、びっくりして目を丸くした。
笑ったように見えた。

ナビエルの表情はとてもきれいだった。

シロルがにこにこしている。
ミロがしっぽを揺らしている。
ユキはソファでくつろいでいるようだった。

その日の午後、
歓迎の葉の鉢は観測デスクの上から、
すぐ横の窓辺のやわらかな
光が届く場所へ移された。

以前よりもう少し大きなドーム型の
保護膜もまた張られていた。

シロルは鉢のそばに鼻を近づけて、

「げんき?!ベビーリーフ♪」

と言って耳をパタパタさせた。

「やめろよな、根がびっくりする」

とミロが淡々と言う。

「ちぇ……根って驚くの?」

「シロルの鼻息で驚くと思う」

とミロが言った。

「えーっ」

シロルは耳をパタパタさせている。
フィオナは小さく笑った。

夕方になると、観測舎の空気は、
ゆっくり夜の青を含みはじめた。

星ヨミ樹の大きな枝が窓の外で揺れ、
その葉の光が鉢の上に淡く落ちる。
歓迎の葉は、
その光を受けて静かに輝いていた。

小さな芽は、朝よりほんの少しだけ
ドーム型の天井に向かって伸びていた。

「……もう伸びてますね?
すごく成長が早いです」

フィオナが感心していると、
ナビエルは空中で星字を描きながら言う。

「問題ない、順調だ」

「それは、よかったです」

フィオナが真剣な顔で頷いた。
ナビエルはまた記録をはじめた。

いつの間にか、
ユキが少し離れた入口から
二人を見守っていた。

「フィオ、よかったね。
エルは教えるのがとても丁寧で素晴らしい」

ユキは微笑んだ。

「ありがとうございます、ユキ」

フィオナは恥ずかしそうに言った。
星ヨミ樹の葉のやわらかな光が
窓から差し込み、
フィオナの薄水色の髪を輝かせた。

ナビエルもユキにうなずいた。

ユキが、窓の外の星ヨミ樹を見上げた。

「地球の古い詩人がね、自然は、
目に見えない大きなものを映す鏡だ、
と言ったそうだよ」

フィオナは、ゆっくりユキを見た。

「かがみ……?」

「うん。
命は、目に見えない大切なものを映す。
小さな葉も、芽も、根も。
そこにあるだけで、
世界の深いところを映している」

ユキの声は、
夜の灯りのように心地よかった。

「だから私たちは、観察して、
記録するんだと思う。
よく見て、興味を持って、
理解しようとする。
命に向き合うことは、
世界に向き合うことでもあるから」

フィオナは、鉢の中の小さな芽を見た。
こんなに小さいのに。
まだ、ほんの少ししか伸びていないのに。

「……目に見えない大切なものを映す鏡」

フィオナは小さく繰り返した。

「……かがみ?」

その言葉は知っているようで、
まだよくわからなかった。

ナビエルが言う。

「鏡は、自分の姿を映すものだ」

シロルが耳をパタパタさせた。

「倉庫にあるよ。今度見せてあげる、鏡!」

ミロも尻尾をふわりと上下させながら言う。

「シロルこそ鏡を見た方がいいよ。
頭に土がついてる。あごにもついてる」

「えっ、どこどこ。とってとって!」

フィオナは笑った。
ナビエルは眉をひそめながら、
シロルについた土をやさしく払う。

そのやりとりの途中で、
歓迎の葉がふわりと光った。

小さな芽の先に、淡い銀の粒が灯る。
まるで、会話を聞いていたみたいに。
フィオナは息をのんだ。

「強く光った、反応ありですね、エル」

ナビエルはうなずいた。

「ああ」

フィオナは鉢の前にそっとしゃがんだ。
白い靴の先に、星ヨミ樹の葉の光が重なる。

「元気に育ってくださいね」

フィオナは小さく言った。
その声に応えるように、
白銀の葉の小さな芽が、
もう一度だけ淡く光った。

夜が深くなるころ、
フィオナは寝台に入った。
枕元にはシロル。
足もとにはミロ。
少し離れた窓辺には、
歓迎の葉の鉢が置かれている。

やわらかなドーム型の星光が
薄く周囲を包んでいる。
ナビエルが調整したばかりの
少し大きめの保護膜だ。

フィオナは毛布の中で目を細める。
今日は、たくさん覚えた。

土のこと。
水のこと。
根のこと。
芽は光へ向けること。
葉を深く埋めず、
根だけを土に触れさせること。

見すぎても、構いすぎても、
相手を弱らせること。
でも、しっかり観察しないと育たないこと。

フィオナは、窓辺の鉢を見た。
あの葉は、しっかり根を伸ばして
生きようとしている。

——わたしにも役に立てることがある

フィオナは、そっと目を閉じた。
明日、目を覚ましたら、
やるべきことがある。

小さな芽。
白い根。
まだ生まれたばかりの命。

そして、少しぶっきらぼうな声で、

「記録を忘れるな」

と言ってくれるエルがいる。

フィオナの口もとが、
眠りの中でほんの少しだけゆるんだ。

窓の外では、
星ヨミ樹が青白い夜をまとい、
枝を広げていた。

まるで、生まれたばかりの小さな命を、
見守っているかのように。

第15話 「倉庫の鏡」へ続きます。

♪おまけ♪
第14話「小さな芽吹き」イメージイラスト

白銀の葉から生まれた、小さな根と芽。
フィオナはナビエルに教わりながら、
その命を育てはじめます。
シロルとミロ、そしてユキもそっと見守っています。

※物語の設定をもとに、AIを活用し、
作者が加筆・調整を行って制作しました。
世界観・設定・加筆・監修: Lunavi / minamiayako

いいなと思ったら応援しよう!