『星ヨミ樹の世界』 第15話 倉庫の鏡
第15話 倉庫の鏡
その翌朝から、
フィオナの日課は少し増えた。
朝、目を覚ましたら
まず窓辺へ行き、
小さな白い鉢の中の歓迎の葉を見る。
土の色。葉のふち。
芽の向き。光の強さ。
ナビエルに教えられたことを、
ひとつずつ確かめる。
水の調合も少しだけ
手伝わせてもらった。
「……葉の色、昨日と同じ。
芽は、少しだけ上を向いています。
土は、まだ湿っています」
ナビエルは記録板を見たまま言った。
「根が落ち着くまでは、
触らない方がいい。
観察は朝と夕方で十分だ」
「はい、エル」
「フィオ、順調そうだね」
ユキがやわらかく言った。
「はい、ユキ」
フィオナは、真剣に答えると観察を続けた。
その日、ナビエルは朝の記録後、
観測デスクの前でまた別の作業をしていた。
透明な記録板が何枚も空中に浮かび、
青白い星字が並んでいる。
窓辺の鉢のまわりには、
薄い光の膜がかかっていた。
ナビエルが調整している、
歓迎の葉を守るための膜だ。
「エル、お手伝いできることは
ありますか?」
フィオナがたずねると、
ナビエルは記録板から
目を離さずに答えた。
「今は必要ない、
夕方の観察の時にまた頼む」
ナビエルはそれ以上、何も言わなかった。
そのとき、シロルがぱっと
耳を立てるように揺らした。
「そうだ!」
「なに?」
ミロが片目を開ける。
「鏡!フィオに見せるって言った!」
フィオナは瞬きをした。
「鏡……」
昨夜、ユキが話してくれた。
「自然は、目に見えない
大きなものを映す鏡だ」と。
ナビエルは、
鏡は自分の姿を映すものだと言った。
水に映る影みたいなものだろうか。
あの、ぼんやり歪んで見えるもの。
「見に行こうよ、フィオ」
シロルが期待いっぱいの目で
フィオナを見る。
フィオナは少し迷って、ナビエルを見た。
ナビエルは作業の手を止めずに言った。
「鏡は奥の倉庫にある。
兄さんに案内してもらうといい」
フィオナはうなずいた。
「はい」
その言葉に応えるように、
いつの間にかそばにいたユキが
優しく微笑んだ。
「じゃあ、行こうか。
フィオ、我が家の倉庫へ」
「はい、よろしくお願いします」
シロルが椅子からぴょんと降りた。
「こっちこっち!」
シロルは嬉しそうに、
少し跳ねながら廊下へ向かった。
ミロはゆっくり歩きながら、
フィオナの横につく。
「……シロルについて行くと、
たまに棚や鉢にぶつかるから気をつけて」
「はい、ミロ」
観測舎の奥へ続く廊下には、
細い硝子の灯りが並び、
内側で青白い色が揺れている。
温室とは反対の方へ進むと、
古い扉があった。
けれど、
それは古びているというより、
長い時間を丁寧に過ごしてきた
もののように見えた。
白木の扉。
銀の線で描かれた星の模様。
丸い取っ手には、
小さな青い石が埋めこまれている。
「こんなところにも扉が」
フィオナが驚く。
ユキは扉の前に立ち、
そっと取っ手に触れた。
扉が、音もなく開いた。
「さあ、どうぞフィオ」
中に入った瞬間、
フィオナは息をのんだ。
そこは、倉庫ではなかった。
埃っぽい匂いもしない。
暗くもない。高い天井から、
やわらかな光が降りている。
壁には古い絵画が並んでいた。
青い海と白い雲。
二つの月が浮かぶ湖。白銀の森。
星空の下に立つ、知らない形の塔。
ガラスの棚には、
星図や古い観測器具、細い硝子管、
銀の天球儀が整えられている。
白木の本棚には、
分厚い本が何冊も並んでいた。
革の表紙に星の印が刻まれているもの。
地球の古い占星術の本。
読めない文字で書かれた、遠い星の記録。
そして部屋の奥には、
美しい箱がいくつも並んでいた。
白い箱。青い箱。
銀糸で縁取られた、
古いけれど美しい箱。
なかには、表面に細い銀の線で
繊細な幾何学模様が
ほどこされたものもあり、
その静かな輝きは、
地球の古い工芸品を思わせた。
ユキの部屋で、絵本がしまわれていた
箱の模様にも、どこか似ていた。
フィオナは、思わず呟いた。
「……とてもきれいに並んでいますね」
「ここには、
私がエルと少しずつ集めた、
お気に入りのものが並べられているんだ。
地球のものも、さまざまな星のものも。
もう使われなくなった道具もね」
ユキは嬉しそうに話し続けた。
「ただ保管しているんじゃないよ。
それぞれの物語に合わせて、
ここに置いているんだ。
私は地球が特に好きだから、
半分くらいは地球のものだけどね」
「ユキの推しは地球だからな」
ミロが付け加える。
「推し……。なるほど」
フィオナは納得したようにうなずいた。
ユキが微笑む。
「気に入った?」
「はい。
物がたくさんあるのに……とても綺麗です。ちゃんと、みんな居場所があるみたい」
「うん、そうなんだよ。
コレクションの部屋だね。」
ユキはゆっくり部屋の中を見渡した。
「棚のひとつひとつに、
小さな物語があるんだよ」
シロルは棚の前でぴょんぴょんしている。
「フィオ、こっちも見て!
この絵、海だよ!こっちは地球の鳥の絵!」
「近い」
ミロがしっぽでシロルの足元を
軽く叩いた。
「壊したら、
エルにしばらく無視されるよ」
「それ一番こわいやつ!」
そのとき、
部屋の奥で何かがきらりと光った。
それは、小さなチェアに座った
青い猫の人形の瞳だった。
尖った耳、綺麗な毛並み。
片方の耳に、銀の糸で
小さな星のしるしが縫われている。
とても大事に扱われていそうな
人形に思えた。
フィオナはなぜか、
その人形から目を離せなかった。
「それが気になる?」
ユキがそっと聞いた。
「……はい。
なんだか、見たことがないのに、
知っているみたいで」
ユキは青い猫の人形を見た。
「古い友人からもらったものだよ」
ユキは、
少しだけ懐かしそうに微笑んだ。
「別れ際にね。
とても大切な贈りものだった」
「素敵ですね」
フィオナは青い猫の人形をもう一度見た。
ユキは部屋のさらに奥へ歩いていった。
「フィオ、これが鏡だよ」
そこには、大きな鏡があった。
背の高い、古い鏡。
けれど曇りはなく、
表面は水のように澄んでいる。
枠は白木と銀でできていて、
細い蔓草の模様と、
小さな星の粒が彫られていた。
鏡の足元には、
古い衣装箱がいくつか置かれている。
布見本のようなものも、
整然と並んでいた。
フィオナは、
自分の姿が映る前に、
少し後ずさりした。
「怖いのかい? 大丈夫だよ、フィオ。
こちらへおいで」
ユキがフィオナの背中に
手を軽く添える。
「これはただの鏡じゃないんだ」
ユキは微笑むと鏡の枠にそっと手を置いた。
「ミラ、起きて」
鏡の表面に、淡い青い線が走った。
フィオナは思わず
ユキの服の裾を摘んだ。
ユキは穏やかな顔のまま、
鏡を見ていた。
やがて、
鏡の中に小さな星字が
浮かび上がった。
『起動しました』
澄んだ声がした。
フィオナは目を丸くする。
「……お話ししてる?」
『音声応答は正常です。
お久しぶりです、ユキ』
「久しぶり、ミラ」
ユキが語りかける。
「こちらはフィオナ。
今日はミラに少し手伝ってほしいんだ」
『対象者を確認します』
鏡の表面に、小さな星字が浮かんだ。
フィオナは思わず身を固くした。
『対象者、フィオナ。
体温、安定。緊張、やや高め。
特殊素材の靴を確認。
既存衣装記録との完全同期はできません』
フィオナは足元を見た。
白い靴が、
鏡の中で白く浮かんで見えた。
ユキがやさしく言った。
「この靴はエルが作ったものだからね。
きっと、特別な素材なんだよ」
「そ、それにしてもびっくり、
鏡とはお話するものなんですね」
「自分の姿を映すものが鏡だよ。
でも、ミラは少し特別な鏡なんだ。
映った者に合わせた衣装を分析して、
仕立ててくれるんだよ」
『条件を確認しました。
白い靴との調和。歩行の妨げにならない丈。
肌への負担の少なさ。過度な装飾を避ける。
本人の緊張を高めない色・素材を
優先します』
シロルが感心したように
耳をぱたぱたさせる。
「ミラ、すごい!エルみたいに細かい」
ユキがやわらかく言った。
「ミラ、対象者はフィオナだよ」
『承知しました。対象者はフィオナ』
フィオナは鏡を見つめた。
鏡なのに、ただ映すだけではない。
話を聞いて分析してくれている。
『フィオナの希望を確認します。
華やかさ、動きやすさ、安心感。
優先順位を指定してください』
「……安心感です」
フィオナはすぐに答えた。
それから少し遅れて、
「それから…この靴に合うものを」
『承知しました。
安心感と動きやすさを優先。
特殊素材の靴に合うものを。
華やかさは控えめに調整します』
シロルが勢いよく言った。
「かわいさも入れて!
フィオのかわいさが倍になる!」
『補助条件として、
かわいらしさを自然に含めます』
「やった!」
「フィオナの希望を優先して」
ミロが言う。
『承知しています。
対象者フィオナの
負担にならない範囲で
調整します』
少し緊張気味のフィオナを見て
ユキがそっと言う。
「服ってね、体を保護するだけが
目的じゃないんだよ」
「……違うんですか?」
「うん。寒さから守ったり、
動きやすくしたりするのはもちろん、
誰かを喜ばせたり、
少しだけ勇気をくれたりもするんだ」
「勇気……」
それなら、服を選ぶことは
とても素晴らしいことに感じた。
鏡の表面が、淡く揺れた。
『候補を提示します』
ミラは、
フィオナに合った衣装を
数種類、さっと選び、
鏡の中のフィオナに
重ねて映し出した。
生成り色のやわらかなワンピース。
青いチュニック。
肌触りのよさそうな寝巻き。
最後に映し出されたのは、
ラベンダー色のワンピースだった。
派手ではなかった。
けれど、裾には白銀の細い刺繍が
控えめに入っていて、
星の粉をまとっているように見えた。
袖がふんわりしていて
スカートの裾のシルエットが上品だった。
『外出、来客、心を明るく元気にしたい日に向いています。装飾は控えめ。
対象者フィオナの髪色とのバランスは良好』
「きれい……」
とフィオナが呟くと
シロルがため息みたいに言った。
「フィオ、とっても可愛い!
お姫さまみたい!」
フィオナはびくっとした。
「かわいい?おひめさま……?」
「そうだね、とても素敵だ、似合ってる」
ユキがやんわり声をかける。
シロルは首を傾げ、
フィオナを不思議そうに見つめた。
「フィオ、どうしたの?」
「ううん。ただ、わたしには……」
フィオナは言いかけて、黙った。
綺麗すぎて自分には似合わない。
そう言いかけて口をつぐんだ。
ユキは、フィオナの隣にしゃがんだ。
美しい長い銀髪がさらりとゆれる。
「フィオ」
「はい」
「ゆっくりでいいんだ、
すぐに決めなくてもいいよ」
フィオナはユキを見た。
ユキの声は、とても優しかった。
「服は着る人の気持ちを
整えてくれる効果もある。
体を守ってくれるし、
時には自分だけでなく
周りの人を元気づけてくれる」
フィオナは鏡の中の自分を見た。
どれも、とても素敵で、
自分にはもったいないように思えた。
けれど、ユキやシロル、ミロたちが
一緒に選んでくれたことが、
何より嬉しかった。
「……全部、着てみたいです、
ありがとうございます」
心からそう思った。
ユキが頷く。
「うん。いいと思う」
『すべて保存しました。
仕立てを開始できます』
「え?すぐできるの?」
シロルが聞く。
『可能です。ただ本人の着用後に
再調整が必要です』
ミロがぽつりと言う。
「……つまり、
一回着てみて、
嫌だったら直せるってこと」
『はい。本人の不快感は修正対象です』
フィオナはその言葉を聞いて、
少し目を丸くした。
嫌だったら、直せる。
合わなかったら、変えられる。
それは、
なんだか不思議な言葉だった。
今までは、嫌なものも、怖いものも、
ただ耐えるしかない気がしていた。
けれどここでは、合わなければ直せる。
強すぎれば弱められる。
きつければゆるめられる。
少しずつ、調整できる。
フィオナは小さく息を吸った。
「……お願いします」
『承知しました』
鏡のサイドにある
箱のひとつが、淡く光って、
低く澄んだ機械音がした。
すると箱の円形の穴から
フィオナのために
選ばれた服の映像が
立体的に映し出された。
その映像に重なるように
布が重ねられていき、
細い光の糸が走る。
「……光で形を作って、
そのまま縫ってるみたい」
ミロが低く言った。
まるで、
空中に描かれた形がそのまま服に
なっていくようだった。
生成り、青、淡いラベンダー色……
映像と生地が重なり合いながら
あっという間に形になっていく。
「ミラはね、魔法とAIが組み合わされた、
少し珍しい鏡なんだ。
科学の知恵と魔法の力、その両方で、
ただ映すだけじゃなく、相手の状態を見ながら衣装を整えてくれる。昔は、上流階級の間で流行っていたらしいよ」
ユキが説明してくれた。
フィオナは目の前の光景に
ただびっくりしていた。
「すごいですね、ユキ。
ミラはとても賢い」
「服を作り上げる過程まで、
ひとつのエンターテイメントとして
楽しめるようになっているんだよ。
でも、もっと速く、
効率的に衣装を作れる機種が出てから、
ミラは廃盤になってしまったらしい。
もう残っているのは、
この一台だけかもしれないね」
「ミラは過去の遺物となったわけだ」
ミロは淡々と答えた。
「ミラ、かわいそう」
とシロルはしょんぼり。
それから、
ミラが仕立てた服を順番に羽織った。
どの服も本当に着心地がよかった。
肌に触れる部分は滑らか。
白い靴と一緒に鏡に映ると、
一層映える。
淡いラベンダー色のワンピースは、
美しすぎて少しだけ緊張した。
けれどユキが、
「無理に特別な日に着なくてもいいよ。
フィオが着たい時に着てみて」
と言ってくれたので、
ほっと胸を撫で下ろした。
シロルは飛び跳ねながら
「フィオ、かわいい!」
と言った。
ミロもぶっきらぼうに
「……似合ってる」
と付け加える。
ユキは、ただ、
布のしわをそっと直したり、
肩のあたりを少し見たりして、
「苦しくない?
歩ける?
この色は落ち着く?」
と着替えるたびに聞いてくれた。
フィオナは恐縮すぎて
「ありがとうございます、
ユキ、もう充分です」
と遠慮がちに答えた。
『調整完了しました』
とミラが告げた。
すべての服を確認し終えたころ、
扉の方で足音がした。
フィオナが振り向くと、
ナビエルが、扉の前に立っていた。
白い衣に、
かすかな星字が残っている。
作業を終えたばかりなのか、
美しい銀白色の髪が
少しだけ乱れていた。
「保護膜の調整が終わった。
夕方の観察前に――」
そこまで言って、
ナビエルは止まった。
フィオナは、最後に選んだラベンダー色の、
銀色の刺繍が入ったワンピースを着ていた。
足元には、ナビエルが作った白い靴。
ナビエルに見られている。
そう思った瞬間、
フィオナの頬が熱くなった。
「はい、エル。今着替えて作業に行きます」
と恥ずかしそうに言うと
「エル、とてもよく似合ってると
思わないかい?」
ユキがナビエルにからかうように尋ねると
「……似合っています」
やっと返ってきた言葉は、
それだけだった。
シロルが叫ぶ。
「え?それだけ?!」
ミロが低く言う。
「……エルにしては、かなり頑張った」
ミラが淡々と続けた。
『補足します。対象者ナビエルは
肯定的反応を示しています、
とても可愛い、との……』
ナビエルの視線が、すっと鏡へ向いた。
「ミラ、反応察知は必要ない」
『承知しました。
以後、反応察知の詳細表示を控えます』
「……詳細も必要ない」
ユキが肩を揺らして笑っている。
フィオナはよくわからないまま、
ナビエルを見た。
「この靴に合う服を、
ミラが選んでくれました」
「そうか」
ナビエルはぶっきらぼうに答える。
シロルが耳をばたばたさせる。
「エル、フィオ、とってもかわいいよね?」
フィオナは恥ずかしそうに、
改めて鏡を見た。
鏡の中に自分がいた。
そのことに、少し驚いた。
鏡に映る自分は、
自分ではないようで、
少し奇妙な気持ちになった。
頬に触れてみる。
薄水色の髪が肩に落ち、
薄い若葉色の瞳が鏡の中で揺れている。
白い靴が足を守ってくれている。
美しいとは、なんだろう。
可愛いとは、なんだろう。
花や星は綺麗だけれど……
自分みたいな子が、
可愛いとか、
美しいとか言われることは、
違和感しかない。
でも、これが、わたしなのだ——
そう思いながら鏡を見ていると、
鏡の奥にナビエルが映った。
銀白色の髪。
夜空に星屑を散りばめたような、
深い青の瞳。
左耳のラピスラズリのピアス。
鏡の中のナビエルは、
少し遠くにいるのに、
いつもよりはっきり見えた。
フィオナは、思わず言った。
「……エルは、
鏡に映っていても、
とてもきれいですね」
フィオナが真顔でそう言うと、
ナビエルは、
驚いたようにフィオナを見た。
シロルが両耳を
パタパタさせながらニヤけた。
ミロが目を細める。
ユキは微笑む。
ミラが、反応する。
『観測対象をナビエルへ変更しますか?』
「変更するな、
それから余計なことを言わなくていい」
ナビエルが眉を少し寄せて言う。
フィオナは真顔で続けた。
「でも、本当にそう思いました。
エルを見ると、花や星を見た時と
似た気持ちになります」
「……」
「とても、きれいです」
シロルが小さな声で言う。
「フィオ、すごい……強烈だね。
ナビエルが固まってる」
ミロが答える。
「……無自覚が一番強い」
ユキは、笑いを堪えながら言った。
「素直にお礼を言ったらどうだい、
エル?星や花と同じくらい、
きれいなんだそうだよ」
「兄さん、からかうのはやめてください」
ナビエルは怒ったように
顔を少し赤くした。
それから
「……その服は、君に似合っている。
それから、きれいと言われても嬉しくない」
ナビエルは、少しむっとしたように言った。
その表情は、ほんの少しだけ、
小さな男の子みたいだった。
「すみません、エル。
でも、本当にきれいだと思いました」
「もう、記録の続きをする。
ついてきて」
フィオナの言葉に
耐えられなくなったのか、
ナビエルは後ろを向いて、
いつもより早足で部屋を後にした。
「はい!」
フィオナは元気に返事をすると
その後を追った。
ミラが静かに言う。
『衣装記録を更新しました。
本人の着用反応に応じて、
今後も調整可能です』
ユキがうなずいた。
「ありがとう、ミラ」
『どういたしまして』
ミラの光が消えた。
シロルは振り返ってミラをもう一度見た。
「またね、ミラ!」
ミラはもう何も言わなかった。
廊下へ出ると、
観測舎の空気はもう
夕方の色を含みはじめていた。
窓の向こうで、
星ヨミ樹の白銀の葉が淡く光っている。
フィオナは新しい服の裾を
そっと押さえながら、
窓辺へ向かった。
歓迎の葉は、
薄く銀色を帯びている。
フィオナは鉢の前にしゃがんだ。
土の色。葉のふち。芽の向き。
根のまわり。光の強さ。
朝より、ほんの少しだけ、
芽が立ち上がっているように見えた。
歓迎の葉が幼樹になるのは、
いつだろうか。
光へ向かって、
ぐんぐん小さな芽を伸ばしている。
「これからの成長が楽しみです」
フィオナが言うと、
ナビエルが短く答えた。
「ああ」
フィオナはナビエルに
教えてもらいながら、
新しく調合した水を、
ほんの少しだけ
鉢の縁に落とした。
シロルが窓辺に飛び乗り、
耳をぱたぱたさせる。
「フィオも、ベビーリーフも、
明日もっと育ってるかもね!」
ミロが低くつぶやく。
「……名前をつけるなら慎重に」
フィオナは笑った。
その笑い声に応えるように、
歓迎の葉の小さな芽が、
ふわりと光った。
夕方の茜色が
観測舎に満ちていく。
窓の外では、
星ヨミ樹が枝を広げていた。
鏡に映った自分。白い靴。
新しい服。小さな芽。
フィオナは鉢の前で、そっと息をした。
また、明日ね——
そう思ったとき、
歓迎の葉の芽は、
またほんの少しだけ、
夜空へ向かって
伸びたように見えた。
第16話「星露守り」へ続きます。
♪おまけ♪
第15話「倉庫の鏡」イメージイラスト

鏡AI・ミラは、フィオナの中にある小さな光を見つけた。
※物語の設定をもとに、AIを活用し、
作者が加筆・調整を行って制作しました。
世界観・設定・監修:Lunavi / minamiayako
