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『星ヨミ樹の世界』 第16話 星露守り

#創作大賞2026  #ファンタジー小説部門

第16話 星露守り

ドーム硝子の高い天井に、
星々が瞬いていた。

星ヨミ樹の白銀の羽のような葉も、
ほんの少しだけ、顔をのぞかせている。

フィオナはベッドの中で、
その光をぼんやりと見つめていた。

ずっと気になっていたのは、
歓迎の葉のことだった。

昼間、小さな透明ドームの中で、
白銀の葉の端が
ほんの少し変わって見えた。
確かめたかった。

身につけていたのは、
ミラが追加で仕立ててくれた
バニラ色の寝巻き用のワンピースだった。
やわらかく、軽く、
まるでマシュマロのような布地。

白い靴は、寝台のそばに
そろえたままにした。
ほんの少し、確かめるだけだから。
フィオナは、裸足のまま、
そっと床へ足を下ろした。

足もとでは、ミロが丸くなって、
長いひげをぴくぴくしながら眠っていた。
シロルは少し離れたクッションの上で、
長い耳を片方だけ垂らしている。

「……少しだけ」

フィオナは、足音を立てないように、
観測デスクの方へ向かった。
ナビエルは、出かけているようだった。

観測デスクの上の
透明なドームの中で、
歓迎の葉は静かに光っていた。
昼間よりも、ほんの少しだけ明るい。
葉脈の奥に、小さな星の粒が
通っているようだった。

フィオナは顔を近づけた。
昨日よりも、白い根が増えている。
芽も少し大きくなっているようだ。

「……また成長したね、えらい」

その時だった。
温室のほうから、かすかな気配がした。

とこ、とこ。
ふわり。
また、とこ、とこ。

小さな足音のようでもあり、
露が葉を滑る音のようでもあった。
フィオナは顔を上げた。

観測舎の奥。
温室へ続く硝子戸の向こうで、
丸い小さな光が揺れている。
星字の光ではない。
星ヨミ樹の光とも少し違う。
もっと丸くて、やわらかい光だった。

フィオナは、
そっと硝子戸へ近づいた。
温室の中は、夜露の匂いがした。
昼間は緑で満ちている場所なのに、
今は葉の一枚一枚が
眠りについているようだった。
硝子の天井には星が映り、
鉢植えの影が床に長く落ちている。

そのあいだを、
小さな何かが歩いていた。

フィオナは、思わず息を止めた。

それは、見たことのない
不思議な生き物だった。
まるくて、ぷにぷにしていそうな体。
透明な水晶に、
淡い虹を溶かしたような色。
頭には双葉のようなものが
二枚ついていて、そのあいだに、
小さな光が宿っている。

生き物は、体の横から小さな手を
ぴょこんと出した。
その手で、光る露の玉を
大事そうに抱えている。

露の玉は、ただの水ではなかった。
夜を閉じこめたように青く、
中心に星ヨミの光がひと粒沈んでいる。
生き物が歩くたび、露の玉は

ぷるん、ぷるん

と揺れた。

とこ、とこ。
ふわり。
とこ、とこ。

時々、その小さな足は地面から離れた。
けれど、長くは飛ばない。
少しだけ浮いて、すぐにまた床へ降りる。

生き物は温室の奥の
小さな芽のそばまで行くと、
露の玉をそっと傾けた。

ぽたり。

光る夜露が、芽の根元へ落ちる。
小さな芽が、ほんの少しだけ明るくなった。

フィオナは、
硝子戸の影に隠れたまま見つめていた。
生き物は、また別の露の玉を抱えた。
けれど、少し進んだところで、
ぴたりと止まった。
頭の双葉が、ゆっくり下がる。
疲れたのだろうか。

生き物は露の玉を抱えたまま、
温室の端へ向かった。

そこには、白い鉱石が置かれていた。
観測舎には、美しい鉱石が
あちこちに置かれている。

青く光る石。透明な石。
薄紫の石。薄桃色の石。

その白い鉱石は、
虹を閉じ込めたように見えて
ひときわ目立っていた。

生き物はその白い鉱石の上に、
ぽすんと腰を下ろした。
やわらかそうな体が、
石の斜面に少しだけ沈む。
双葉のあいだの光が、

ふわり、ふわり

弱くまたたいた。

「……休んでる」

フィオナは、声にならないくらい
小さくつぶやいた。

遊んでいるのではない。
きっと、この生き物は、
夜のあいだに仕事をしている。
目が離せなかった。かわいい。

しばらくすると、葉の陰から、
さっきの生き物と同じ形をしているが
ずっと小さな生き物が現れた。
ミルク飴のような大きさだ。
頭の双葉は、まだ開ききっていなかった。

よちよち
ふわり
よちよち

けれど、すぐにつまずいた。

ころん。

露のかけらが、ぷるんと跳ねる。

「あ……」

フィオナは思わず一歩踏み出した。

「だいじょうぶ?」

その声に、白い鉱石で休んでいた
生き物が顔を上げた。
驚いた様子はなかった。
怒った様子もなかった。
ただ、ゆっくり体を起こすと、

とこ、とこ。
ふわり。
とこ、とこ。

小さな生き物のそばへ向かった。
すると大きいほうの生き物の体に、
ぽこんと小さなくぼみができたのだ。
まるで、やわらかなポケットのようだった。

よちよちと
ミルク飴サイズの生き物が、
大きい生き物の
ポケットのようなくぼみに、
ぽすっと入った。
同化した、というより、包まれた、
というほうが近い。

小さな生き物を包んだまま、
少し大きな不思議な生き物は、
何事もなかったように
露の玉を抱えて、

とこ、とこ。

また歩き出した。

「きっと、守ったのね」

転んだ小さな生き物を、
自分の中に入れて。
フィオナはそれ以上近づかず、
膝を抱えるようにしてしゃがんだ。
驚かせないように、ただ見守る。

生き物は切り株の窪みに溜まった
水たまりの前で、
小さな手をぴょこんと出し、
水に触れる。
水面に、淡い波紋が広がった。

すると、くぼみの水が、
ころんと丸くなった。
透明な球になったのだ。

フィオナは息をのんだ。

「……すごい」

生き物はその球を両手で抱えた。

とこ、とこ。
ふわり。
とこ、とこ。

また温室の奥へ歩いていく。

その時、温室の向こうで、
観測舎の外の扉が静かに開いた。
夜の冷たい空気が、すっと流れこむ。

フィオナが振り向くと、
白いフードを脱ぎながら、
ナビエルが立っていた。

銀白色の髪に、
星ヨミ樹の淡い光が落ちている。
きっと星ヨミ樹の記録をしていたのだろう。

ナビエルは、肩に残った淡い光を
少し払ってからフィオナを見た。

「起きていたのか」

ナビエルの声が、
いつもより少しだけやわらかく
感じるのは気のせいだろうか。

フィオナは小さくうなずいた。

「はい、歓迎の葉が、気になって」

「そうか」

ナビエルは、叱らなかった。
ゆっくり温室へ入ってきて、
フィオナの隣に立つ。

フィオナの視線の向こうでは
不思議なまるい生き物が
葉の間を歩いていた。
フィオナはナビエルを見上げた。

「……エル、あの小さくて、
かわいらしい生き物は……?」

ナビエルは、特に驚いた様子もなく、
生き物を見たまま静かに答えた。

「星露守りだ」

「せいろ、もり」

「星ヨミの光を含んだ夜露を運ぶ。
少しずつ養分を分けてくれる。
星ヨミ樹の枝にも、
星ヨミの森の奥にもいる」

「小さいのに、
一生懸命お仕事してるんですね」

「小さいが、役目は小さくない。
星ヨミの光の巡りを支える、
守り手のような存在だ」

ナビエルは静かに言った。

守り手。
この小さな生き物が
この世界の夜を少しずつ支えている。
フィオナは感心した。

星露守りは、
白い鉱石にまた腰を下ろした。

「セイロさんはあの石がお気に入りですね」

「ああ。兄さんが昔、
地球から持ち帰った石だ。
虹を含んだ白い鉱石で、
名前はたしか、アナンダライト」

ユキらしいな、とフィオナは思った。

星露守りは、しばらく休むと、
体の中にしまっていた
赤ちゃんの星露守りを、
ぽこんと出した。

ミルク飴みたいな小さな星露守りは、
少しだけよろめいたがすぐに歩きはじめる。

フィオナは、思わず口もとをゆるめた。

「……セイロさんの
おうちはあるんですか?」

ナビエルは、
奥の一本だけ目立つ木を見上げ、
指をさした。

「温室の青銀色の木にもある。
星ヨミ樹の枝にもある。
星ヨミ樹の方が多い」

フィオナはつられて見上げた。

枝の上は暗く、
葉が重なっていてよく見えない。
フィオナは、
ぴょんと小さく背伸びをした。

すると、ナビエルが美しい所作で
フィオナの背中と膝の下へ手を添えた。
ふわり、と体が浮く。

「あ……」

思わず、声がこぼれた。
ナビエルの腕は、
細く見えてしっかりしていた。

近くで見る銀白色の髪は、
夜の光を含んで、
星の粉を含んでいるかのように
淡く光っていた。

「その枝の奥にある」

ナビエルが、
片腕でフィオナを支えたまま、
もう片方の手で
温室の青銀色の枝を示した。

「……は、はい」

フィオナは、そっと枝の上を見た。

そこに、小さな丸いものが
いくつも寄り添っていた。
枯れ枝や葉でできたものではない。
半透明で、ぷにぷにしていそうな
小さな、まあるい家。

雪のかまくらのようでもあり、
やわらかなゼリーのようでもあった。
光が触れるたび、
その奥に淡い虹がにじむ。

いくつかの入口から、
星露守りの双葉が
ちょこんとのぞいていた。
中で眠っているのか、
小さな光が、ぽわん、ぽわんと
揺れている。

フィオナは目を見開いた。

「……か、かわいい」

思わず、声がこぼれた。

ナビエルの口もとがほんの少しだけ
ゆるんだように見えた。

「夜露と光と星露守りのしずくを
調合して作る。
やわらかいが、簡単には壊れない。
歓迎の葉を守るドーム型の保護膜にも、
同じ仕組みを使っている。
少し手を加えているけど」

なるほど。
どこかで見覚えがあるかと思ったら、
歓迎の葉を包むドームだ。
フィオナは小さくうなずいた。

「エル、星ヨミ樹にも
おうちがあるんですよね。
このあいだ登った時は
気がつきませんでした」

「ああ。高い枝に多い。昼は隠れている。
夜になると、出てくる」

フィオナは窓の外を見た。
大きな星ヨミ樹は、
静かに枝を広げている。
あの白銀の葉の枝に星露守りたちの
小さな家がたくさんある。

ナビエルの腕の中で、
フィオナは小さく言った。

「この世界は、夜のあいだも、
ちゃんと繋がっているんですね」

ナビエルはやわらかく答えた。

「そうだ。この世界は、
うまく巡りながら生きている」

ナビエルは、
フィオナをそっと床へ下ろした。
素足が、ひんやりとした床へ触れる。

体はもう離れているのに、
支えられていた感覚だけが、
まだ少し残っていた。
もう少し、
抱っこされていたいとも思った。

フィオナには、
まだその理由がわからなかった。

ただ、ナビエルのそばにいると、
世界がやさしく見える。
それだけは、わかった。

フィオナはもう一度、
青銀色の木の枝を見上げた。
虹を含んだ星露守りたちの
まあるい小さな家が、
ぽわぽわと
灯篭のように光っている。

温室の硝子戸の向こう、
観測デスクの横では、
歓迎の葉が同じ光を放つドーム型の
保護膜に守られていた。

温室の奥で、星露守りがまたひとつ、
光る夜露の玉を抱えた。

とこ、とこ。
ふわり。
とこ、とこ。

星露守りたちの
小さな夜の仕事は、
まだ終わらない。

フィオナはその音を、
しばらく黙って聞いていた。

第17話「推し活、地球」へ続きます。

♪おまけ♪
第16話「星露守り」のイメージイラスト

青銀色の木の幹と枝のあいだに、
星露守りたちの家の
明かりが見えた。
夜にだけ見えるのだと、
ナビエルが教えてくれた。

※物語の設定をもとに、AIを活用し、
作者が加筆・調整を行って制作しました。
Lunavi/minamiayako

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