「い」と「え」の間で
私はわりと、どうでもいいような、細かいことが気になったりするときがある。
そして気になると、それを直したいという欲求に駆られる。
たとえば、ポッカーンと口を開けて歩いてる人を見ると、頭のてっぺんとあごの下を押さえて閉じたくなる。
つま先を45度内側に向けて、内股で歩いている女子高生を見ると、将来ひざを痛めるから早く治しなさいよ、と注意したくなる。
実にどうでもいい。
余計なお世話だ。
しかし、訂正したくてたまらない。
中学生のとき、通学路に私立の大学があった。
そこの通用門に、学校関係者に対する注意かなんかを促す看板があった。
文言はもう忘れてしまったけど、その看板に「必らず」という文字があった。
「必ず」だよね?
学校で習った送り仮名は、「ら」は、いらないはずじゃありませんでしたっけ。
見つけてしまうと、気になって仕方がない。
通学路にその看板はあるので、毎日毎日、目にすることになる。
こんな間違いを、堂々と掲示しておく大学ってどうなん?
あー、訂正したい。
直したい。
ある時、我慢できなくなって、友だちに聞いてみた。
「これ、間違ってるよね?」
「ずーーっと気になってて、直したいんやけど、どう思う?」
友だちは、「ほんまや!間違ってる!直そう!直そう!」と同意してくれた。
二人でマジック買いに行き、「必らず」の文字を盛大に線で消して、「必ず」と書き換えた。
「間違ってますよ!」とか余計なメッセージを入れたり、「あかんやん、大学が間違ったら~」などなど、しょうもない落書きまで書いてしまった。
数日後、その看板に書いた落書きはきれいに消され、問題の文字は、「必ず」と訂正されてあった。
今思い出すと、なんてアホだったんだろうと恥ずかしくなる。
書いてる最中、誰も通らなかったのが幸いだった。
しかし、その時はとてつもない大仕事をやり遂げた気分だった。
今でも、私の訂正癖は健在だ。
最近私は、食べ物を食べるときに、よくむせてしまうことがあるのだが、そのたびに職場の人が
「ごいん?」
っていうんです。
それを言うなら、
ごえん(誤嚥)だよ!
ごいん(誤飲)は、食べちゃダメなものを食べちゃうことだよ!
赤ちゃんが、ボタン電池、口に入れちゃったりするやつ!
あたしのは、食べたものが気管に入っちゃったんだよ!
って、言いたいけど、それを言いたいときは、たいてい涙目になりながら咳き込んでるときなので、言葉がしゃべれないし、しゃべれるようになってから、冷静にそんな指摘をすると、めんどくさいヤツと思われてしまうのは、目に見えている。
別に「ごいん」だって、言いたいことはわかるからいいのだ。
世の中、そういうことの方が多いし。
「ら」のあるなしにこだわり、訂正せずにいられなかった中学時代。
今も気にはなるけど、心の中でツッコむだけにとどめられるようになった。
なったけど、やはり今日も「い」と「え」の間で揺れ動いている。
