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ベートーヴェンの生家、最後のピアノ、失われていく聴力

アレクサンダー・ガジェヴのピアノを聴きにボンまで飛んだのは、公演会場のベートーヴェン・ハウスを訪れてみたかったというのも理由にある。

Beethoven-Haus Bonnは、ドイツ・ボンの中心街に位置するベートーヴェンの生家で、今は博物館・コンサートホールなどとして一般公開されている。

ピアノ歴が浅い私にも覚束ないながら弾ける曲があるので、ベートーヴェンには少しばかり特別な思い入れがある。

イギリスへ来て初めて買った楽譜が『My First Beethoven』。
『エリーゼのために』を暗譜できたのは感無量であった。
奥にあるのが、ポーランドにあるショパンの生家で購入したショパン楽曲の楽譜。

ガジェヴのピアノ・リサイタルは夕方の開演だったので、その前に博物館で資料をじっくり鑑賞しようと計画していた。

ところが!ボンに来る前に2日ほどケルンを歩き回っていた疲れがドッと出てしまい、ボンに着くなり宿でグウスカと寝込んでしまった。起きたくても目が開かない、というネバネバした夢からなんとか抜け出し、ベッドに貼り付く身体をベリベリと剥がしてベートーヴェン・ハウスへ向かう。

ベートーヴェン・ハウス(生家)の入り口。
まさかこの扉を押して入るとは思わず、何度か前を素通りした。

本来、2時間くらいは滞在したいと思っていたのに、残された時間はわずか20分!私のバカバカ〜!とはいえ、行かないよりは足早でも館内を巡った方が後悔はない。

入り口にいた係員に助言を求めると、最上階から見て回るとよいよ!とのこと。素直に3階へ直行し、「見流す」という表現さながら極めて短い鑑賞時間をあてて、次々と視線を置いてはささっと写真に収める。

オーディオガイドは自分のスマホにアプリをDLする方式。
この記事を書きながら後追いで聴いているわけだが、スマホに耳を近づけないと再生されない仕組み(!)で、耳に問題を抱えている今の私には使用感がよろしくない。

「丁寧に観察する」とは程遠い鑑賞ながら、心に留まったものを書いておこう。

なお、Beethoven-Haus Bonnは収蔵品のデジタルアーカイブ館内のバーチャルツアーが充実していて、慌ただしく見落としていたゆかりの品などを閲覧できるのが素晴らしい。演奏つきで自筆譜を閲覧できたり、手紙・書簡を拡大して観察できたりとても面白い。


ベートーヴェンが使用した最後のピアノ

ウィーンのピアノ製作者コンラート・グラーフによって製作されたピアノフォルテ。グラーフは1826年1月、4弦仕様のこの楽器をベートーヴェンに寄贈したという。(参照

このピアノからはどんな音がするのかな、と想像しながら鍵盤の質感や木目を観察する。低音部(白鍵?)は象牙、高音部(黒鍵?)は黒壇で覆われていると書かれている。

Hammerflügel, Beethovens letzter Flügel, Wien, 1826

ベートーヴェンの自筆譜

館内には多くの自筆譜が展示されていて、音楽を嗜む人にはより一層楽しめるのではないかな。
悔しいが、私には太刀打ちできないほど読譜不能。知っている曲であれば「ふ〜ん」と音符を追うフリができたかもしれないが、筆跡が細いし五線譜のどこに記号が置かれているのかの解読が難しい。この原稿から楽譜を起こせる職人を尊敬してやまない。


弦楽四重奏用のヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ

友人でありパトロンでもあったリヒノフスキー公爵から贈られた弦楽器4本。いずれも当然ながら年季が入っており、触れたらミシミシと木の眠りを覚ましてしまうのではないかと思える存在感。

それにしても貴重な楽器などが丁寧に保全されているのを見ると、いたく関心する。きっとこの世界ならではの知識と技術があるのだろうなぁ。

Streichquartettinstrumente aus Beethovens Besitz, teilweise zugehörig zum Lichnowsky-Satz

最期の日まで使われたトラベルデスク

亡くなる前最後の数週間、ベートーヴェンのベッドの枕元に置かれていた簡易机。彼は死の3日前に、この机で4番目の遺言を書いた。開いた収納部に「不滅の恋人」への手紙を保管していたのだろうかと想像が膨らむ。(参照

旅行に持ち歩きできるよう、折りたたみ式になっており、引き出しや板の裏の小物入れが細かく仕切られている。精巧で実用的な作りに職人の仕事を感じる。オーストリア製とのこと。

Beethovens Reiseschreibpult

若き日の眼鏡

1806年~1810年(36才〜40才)頃に使用されていたという眼鏡。

どの程度の度数だったのかは不明ながら、ベートーヴェンも視力補正していたのかと知ると親近感が湧いてくる。乱視・近視が強い私がこんな丸形眼鏡をかけたら目が豆粒のように小さく見えて、お洒落とは逆の方向に行ってしまうだろうけど。

Ludwig van Beethoven, Brille aus seinen jüngeren Lebensjahren, 1806-1810

4つの補聴器

ベートーヴェンが聴力を失ったことは有名な話だが、聴覚障害は30才の頃から始まり、40才でほぼ全聾になったという。なんと若くして、演奏家・音楽家の最も大事であろう感覚を失う絶望に突き落とされたのか!

私には他人事に思えないのは、昨年末から悩まされている耳の問題をいまだに抱えているから。日本滞在中に快方に向かい「あぁ良かった治ったわ」と安堵したのも束の間、帰英後に聴覚の不具合が戻ってきており、日々一進一退を繰り返している。その話はまたどこかで。

私自身のつらい経験と照らし合わせながら、ベートーヴェンが直面した辛苦に思いを馳せる。原始的とも思える大掛かりな補聴器に頼りながら、それでも音楽の道を追究し、懊悩から楽曲を練り上げ、後世に奏で繋がれるような傑作を数多く残したベートーヴェン。

最期のピアノ・ソナタである第30番、31番、32番は、もう涙なしには聴けなくなってしまった…

Beethovens Hörrohre, gefertigt von Johann Nepomuk Mälzel, 1813

最も有名な肖像画

人々がイメージするベートーヴェン像に最も影響を与えたであろう肖像画が1階(Ground floor)に展示されている。

ヨーゼフ・カール・シュティーラー(Joseph Karl Stieler)によって描かれた肖像画は、異例の4回に分けられて制作されたという。それはベートーヴェンが被写体となっている間、落ち着きなく椅子に腰掛けていられなかったためらしい。手にしている楽譜には、溢れる感情が音譜として書き留められ、背面には「ミサ・ソレムニス/ニ長調」"Missa solemnis / From D #”と記されている。

Ludwig van Beethoven mit dem Manuskript der Missa solemnis - Ölgemälde von Joseph Karl Stieler, Wien, 1820

最後に、中庭に設置されたベートーヴェンの胸像を目におさめて、ピアノ・リサイタルへ向かった。
ピアノを弾けること、聴けることに感謝して、また練習に励もう。

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