琵琶湖は女神の涙だった──湖北・湖南・湖西・湖東の神々が守る永遠の湖 第六話 西の神 ― 比良守神
北には
伊吹嶺神が立った。
南には
瀬田流神が生まれた。
そのおかげで
湖は静けさを取り戻し始めていた。
北の嵐は
山で止まり、
湖の水は
南へ流れる。
だが湖には
まだひとつの脅威が残っていた。
それは
西の風。
湖の西には
大きな山々が並んでいる。
それが
比良の山々である。
そこには古くから
荒い風が吹いていた。
遠くの海から来た雲は、
その山にぶつかり、
嵐となって
湖へ落ちる。
雷。
豪雨。
突風。
それは湖を荒らす力だった。
湖が怒れば
水は牙をむく。
波は山のように立ち、
岸を壊し、
すべてを飲み込む。
天は再び考えた。
この湖には
盾が必要だと。
ある夜。
湖の西に
黒い雲が集まった。
雷が走り、
山を震わせる嵐が生まれる。
その嵐は
湖へ向かっていた。
もしそのまま
湖に落ちれば、
水は暴れ、
湖は荒れ狂うだろう。
その瞬間だった。
山が揺れた。
比良の山の頂。
そこに
ひとりの神が立った。
巨大な男神だった。
黒い鎧。
広い肩。
そして
嵐の中でも揺るがない眼。
その神の名は
比良守神(ひらもりのかみ)。
湖西の守護神。
嵐が山を越えようとする。
だが
比良守神は動かない。
雷が落ちる。
風が唸る。
それでも
彼は一歩も退かなかった。
そして
嵐の前に立つ。
まるで
巨大な盾のように。
風がぶつかる。
雨が叩きつける。
雷が落ちる。
だがそのすべてを
比良守神は受け止めた。
嵐は山で砕ける。
風は弱まり、
雨は静かな雫となる。
そのとき
初めて湖は知った。
西にも守りが生まれたことを。
女神、淡海は
湖の中心からそれを見ていた。
西の山に
巨大な影が立っている。
それは
力の神だった。
だがその力は
破壊のためではない。
守るための力。
女神は
静かに言った。
「ありがとう」
嵐の中で
その言葉は風に消えた。
だが比良守神には
聞こえていた。
彼はただ
黙ってうなずいた。
それで十分だった。
その日から
西の嵐は
湖へ直接届かなくなった。
嵐は山で砕け、
湖には
静かな雨だけが降る。
湖はまた
穏やかさを取り戻した。
だが守りは
まだひとつ足りない。
東。
湖にはまだ
夜を照らす光がない。
闇は湖を不安にする。
水は
暗闇の中で揺れる。
その闇を照らす神が
必要だった。
その神は
東の山から現れる。
鈴鹿の山。
そこで生まれる神こそ
鈴鹿照神。
湖東の守り手である。

(第七話へ続く)
